脱出・前
「は?」
憮然と立ち尽くす演技をしつつ、目の前を紙屑塊を背に乗せた馬が横切るのを見送りながら僕は内心でほっとした。紙屑塊に斬られた跡があったのだ。当初は布を被ったミリティア当人が馬に乗るという案だったのだが、修正してよかったと心から思う。
「それはそれとして、あれなら入り口を強行突破したのは、馬と謎の紙屑塊。眠らされなかった城壁の上の見張りの人も目撃したでしょうし、ミリティア本人に眠らせる匂いは効きませんから――」
あとは目撃者である城壁の上の見張りも眠らせてしまえばいい。
「何だあれは?!」
「何があった?!」
街の外に出てきた仮名「紙屑塊つむり」を目撃して漸く事態に気付いたのであろう、口々に叫びつつ城壁の上から兵士たちが消える。
「たぶん、階段とかがあってそこから降り始めたんでしょうけど……」
城壁から引っ込んでしまった今、僕を見る者は誰もいない。
「ここからが大忙しですね」
呟き、大きく息を吸い込むと鼻をつまんで馬が通った場所を駆け抜ける。
「降りてきた見張りは、残り香で眠る筈ですから入口の兵士は全滅の筈」
後は起きている人の無人になった入り口をミリティアが追加の匂いを振りまきつつ通過すれば、目撃者なく外に出ることは可能だ。だから僕は靴を脱ぎ、紙屑をいくつか取り出して靴の踵に詰める。
「この策の欠点は、あの紙屑塊を回収できるのが匂いの効かないミリティアだけってところなんですよね」
馬を追いかけるためにミリティアには僕の靴を履いて追いかけてもらう。サイズの差は紙屑を詰めることで調整したので短い距離なら問題はない筈だ。
「僕は東に去ったことになってますし」
紙屑から僕を連想したとしても追手は東に向かうだろう。
「ふぅ、うまく行ったわね。ヴァルク」
「あ、ミリティア」
街の入り口からミリティアが出てきたのは、それから暫くしてだった。
「じゃあ、紙屑の回収はお願いしますね」
「任せておいて。さてと」
紙屑を入れていた袋を渡して依頼すれば、受け取ったミリティアは僕の靴の靴と格闘を始め、僕も紙屑を取り出して広げると、足に巻きつける。
「裸足よりはましですよね、うん。それじゃ、僕はあっちでムレイフさんを待ちますから、ミリティアも追っ手には気をつけて」
「ええ。馬は最悪逃げられても構わなかったわよね?」
「はい。その場合は囮になってもらいましょう」
とりあえずここまでは想定の範囲内で物事が進んでいる。頷きつつ、僕は密かにこのままうまく行きますようにと願うのだった。