奇縁
「さ、まかないだが遠慮なく食べてくれ。寄り道させてしまったからね、お腹も減っているだろう」
寄り道とは件の食い逃げ犯を突き出すために衛兵の詰め所に寄ったことだろう。案内された食堂にはいろいろメニューがある様だったが、まかない料理を店主が選んだのは、更に僕を待たせないための気遣いだ。料理が殆ど待つことなく出て来れば、僕にだってわかる。
「ありがとうございます」
成り行きでこの人からすればお礼なのだろうが、一食分食費が浮いて助かったのはまぎれもない事実だから僕は礼を言ってから料理に手を伸ばした。温め直したスープと、冷めたパンを切ってパテか何かを塗って焼いたもの、麺料理と屑野菜と端切れ肉の炒め物。節約のため粗食だった僕には久しぶりのご馳走だ。
「美味しい」
空腹は最大の調味料と言うがそれを差し引いても、料理は僕を唸らせる出来だった。なかなか技能に覚醒しなかった僕は実家に居た頃も家族とは別扱いで、いくつかグレードの低い料理を出されていた文字通りの冷や飯食いだったけれど、それでも平民よりは舌が肥えて居たはずだった。だから、安い食事になれるのは散々苦労したけれど、それはそれ。
「ひょっとして、どこかのお屋敷に雇われていたこととか――」
「おお、わかるかい? 数年前までローズフォレス家って貴族様の家で包丁を握らせてもらってたのさ」
「んぐっ」
喜色を浮かべ誇らしげに明かした店主の言葉に、僕は麺を喉につまらせかけた。
「げほっ、げほっ」
「お、おい、大丈夫かい?」
「げほっ、すみません。ローズフォレス家と言うと、子爵家の?」
謝罪しつつも、確認したのは仕方がないことだと思う。ローズフォレス子爵家には三人の令嬢が居り、その末娘が僕の婚約者だったからだ。もちろん、僕が追放されたことでもう婚約の件は白紙になっているとは思うけれど。
「あ、ああ。そうだけれど……」
取り繕っても仕方ないだろう。ローズフォレス家には僕自身も幾度となく足を運んでいる。流石に厨房を覗き込んだりはしていないが、ひょっとしたらこの人ともどこかで顔を合わせている可能性がある。
「隠してもあまり意味がないことですし、ひょっとしたらもうお気づきだったりするかもしれませんが――」
嘘をついて後でバレるぐらいならと、流石に技能のことは使えない技能だったと察せる方向にぼかして明言は避けたが、出身と追放された経緯については素直に明かす。
「驚いた。では君は、あの時の坊ちゃんかい。そう言えば面影がある」
「ああ、やっぱりお会いしたことがあったんですね」
「いや、料理の仕上げを当主様やそのご家族、お客様の前で行うことがあってね。仕上げの為に出てきた折にこちらが一方的に見ただけさ」
出された料理を僕に褒められた料理長がその後やたら上機嫌で印象に残っていたと店主は語る。
「まぁ、私も嬉しかったがね。貴族様に料理を褒められることなんて滅多に……あ、すまない」
「いえ、お構いなく。今の僕は平民ですし」
バツの悪そうに頭を下げる店主に僕は頭を振り。
「しかし、そうすると今はその腕っぷしで生計を?」
「いいえ、あれはただの護身術で仕事にできる程のモノじゃありませんから。恥ずかしながら冒険者ギルドの方に」
「なんとまぁ……君なら貴族として教育を受けて居たのだろう? 読み書き計算だけでも雇ってくれそうな場所はどこでもありそうなものだけれどね」
驚く店主の言うことも一理ある。確かに僕は平民とは比べ物にならない高度な教育を受けて居る。その遺産を活用すれば、商家に雇ってもらうとか身の振り方は色々あった。
「そこは実家、とは今は言ってはいけないのですけど」
「ああ、君を雇うとご実家の機嫌を損ねる、と」
上手いこと店主は僕の誘導に乗ってくれたが、これともう一つ。僕の持つ技能がヤバいものである以上、どこかに本格的に就職するというのは避けたかったのだ。
「なら、どうだね? 私のところで働かないかい?」
「え?」
「なぁに、大丈夫。私の店の客はほぼ平民だし、変装でもして君を雇っているとわからなければ問題ないさ。読み書き計算が貴族の子弟並みにできる人材は希少だ」
驚く僕に店主は笑みで応じたのだった。