街の昼下がり
「昼の混雑時を結果的に避けることが出来たのは、丁度よかったような気もしますけれど」
見方を変えれば、客の食べ残しを狙い澄ましたかのように混雑が終わったタイミングでやってきたと見なされても不思議はない。
「顔、出しづらいですよね」
ただまごついていても空腹感はそのままだ。手ぶらはさておき、腹ペコのままで宿に帰っては何の意味もなく、僕はやや重い足取りで記憶を頼りにその飲食店へ向かった。
「やっぱり……歩いてる人もまばらだ」
日雇い労働者ではなく、ごく普通の一般市民の暮す地区の端、商業区との間に並ぶ飲食店の間を歩きつつ、少しだけホッとする。ギルドの利用者から嫌われている僕としては、まったく人気のないところを延々歩くのはご遠慮願いたかったのだ。
「あとはいかにお店の――」
「食い逃げだぁぁぁ!」
思考の一端が漏れだした独り言、それを遮るように前方で誰かが叫ぶ。
「食い逃げとは」
この地区の治安の良さからすると珍しいという驚きと同時に何とも言えない気持ちがこみ上げる。ただで腹を満たそうという意味合いで分けるなら。食い逃げ犯も僕も変わらないのだから。
「誰かそいつを捕まえてくれぇ!」
「っ」
思考に沈んだのはきっとホンの一瞬の事。追いかけて居るのか近寄ってくる叫び声に顔を上げれば、まだ若い中肉中背の男がこちらに走ってくるのが見えた。あれが食い逃げ犯だろうか。
「ちっ」
ただ、僕は男の向こうの叫び声に従うつもりもなく、突っ立っていただけだったのだが、進行方向上に立っている僕を見た男は顔を歪めて、腰に手をやった。
「え」
直後に日差しを浴びた銀の輝きが男の手に生じ、僕は愕然とする。街中で、刃物を抜いた。見たところ短刀の仲間で刀身はそれほど長くはないが、何のために武器を手にしたかなんてわかりきっている。
「退けぇぇぇっ!」
「っ」
敵意と刃に身体が竦みそうだった。僕は臆病者だ。ただ、同時に駆けてくる男の姿が、何かに重なって。
「あれは」
「な」
身体は勝手に動いていた。急所を隠すよう体の向きを変えながら、斬撃をやり過ごしつつ刃物を持った側の手首を捕まえる。後は相手の勢いを利用するだけ。
「がふっ」
こうして斬りかかられた時にと散々教え込まれた。だから僕の意思ではなく、ほぼ条件反射で男を投げ飛ばし、背中をしたたかに打ち付けた男は刃物を落とし、石畳を喧しい音を立てながら銀色の危険物が滑ってゆく。
「あっちゃあ」
どうしたものか、この状況。怯えて足が止まり道を開けられなかった僕に憤った食い逃げ犯が憤って、斬りかかってきたらたまたま仕込まれていた護身術で反射的に投げてしまっただけのこと。
「けど、第三者がそう見てくれるとは限らないですよね」
食い逃げはそれほど重い罪ではない。一生牢の中だとか、処刑されるならともかく、服役か罰金で自由の身になってしまう。恨みは、今ここでたぶん購入してしまっただろう。
「ただでさえ気が滅入ってるのに……僕、何か悪いことしましたか?」
働きもせず宿でゴロゴロしていたのが悪い事だったのだろうか。けれど、あれは熟練度上げの為であり。
「やや、これは……そうか、君がこいつをのしてくれたのか。ありがとう。大したことは出来ないが、なにかお礼を――」
「え? あ」
これ以上面倒なことになる前に、断って去るべきと頭の中で冷静な自分が忠告し。忠告空しく直後にお腹が威嚇する獣のようにぐるると抗議の音をあげた。
「ぷっ、ははは、なんだ君はお腹が空いていたのかね? ああ、いや、そう。そもそもここはそういう店が集まった場所だったな。では、うちの店で良ければ遅めの昼食をご馳走させてくれ」
実際空腹の僕だ。食い逃げ犯を追いかけてきた人の言葉に逆らうことが出来なかった。石畳の上でまだ呻いている男を男自身のつけていたベルトで拘束し、転がっていた武器を取り上げるととある食堂の店主を名乗った追っ手の人に従い、衛兵の詰所に向かって歩き出すのだった。