逃避じゃない
「落ち着け、落ち着かないと」
今すぐにでも宿に戻りたい気持ちではあったが、紙屑をこのままにしてはおけない。
「かまどを仕上げて、紙屑を燃やす……素人の作ったかまどですし、『紙屑を詰め込んで火をつけて終わり、燃えてる間に宿に戻ろう』とはなりませんよね?」
決行した場合、目を離したすきに周囲に燃え移って大火事になったとしても僕は驚かない。
「今は我慢の時……街に行ったあの男性が戻って来たら、火の番を頼むとかやりようもありますし」
とにかく、今すべきは河原の石でかまどを作ることだ。
「思わぬ展開で公爵の暗殺は防げるかもしれませんけど」
能力で強力な付与品をとりだせればいざという時の備えとなる。
「何があるかわからない以上、手の内は増やしておかないと」
取り出すのに失敗して紙屑になった中にはこの場所から宿のいかがわしい本だけを別の場所に移動させるだとか消滅させるような品だってあるかもしれないのだ。
「あ、うん。流石にそれは都合が良すぎですよね」
ともあれ、まごついているような時間はなく、僕は川の方へと歩き出す。
「とにかくかまどを作って少しでも燃やしてしまわないと」
大きなかまどで一気に燃やせば早いだろうが、必要になる石も多いだろうし、何より大量に燃やした場合御しきれるかと言う不安がある。
「小さなかまどを複数。一つ目のかまどで紙屑を燃やしてるうちに二つ目のかまどの材料をとりに行って――」
戻って来たら二つ目のかまどを作りつつ、火の番を再開。宿に戻るほどの長期間この場から居なくなる訳ではないし、油断は禁物だが石を運搬する移動距離が長くならないようにこの場所を選んだのだ。
「さっき持ってきた石では……ちょっと心もとないですね」
大きくて平たい石でもあれば別だが、現状で持ち合わせの石を並べた結果、完成したのは石の囲いでしかなく、立ち上る炎が野放しだ。上に伸びた炎から火の粉が舞い上がれば、予期せぬ延焼を起こす可能性が高い。
「平たい石を探して持ってゆきましょう。ええと」
いつの間にかたどり着いていた河原にしゃがむと、僕は平たい石を探し始めた。