わすれていたもの
「あれ?」
考え事をしながら紙屑を手袋代わりにして草を抜くこと暫し、気が付くと延焼を防ぐスペースはあっさり完成していた。
「これからどうするかに気をとられていたつもりはないんですけど」
思ったより時間が経っていたのか、それとも抜きやすい草が多かったから作業がはかどったのか。
「結局決まりませんでしたね、ここまでは」
街を出てどちらに行くのか。船を使うなら北か南、陸路なら北を除く三方。この国は南側を海に面しているため、道を行くにしても船を使うにしても南に行けばやがて海に至る。西に進む道はやがて北へと進路を変えて王都に続き、東の道は森林や山地を貫いて隣国との国境へ続いている。
「出国手続きはお金もかかりますし、街を出たときより厳しい審査があるでしょうから面倒なんですよね」
しかも、この街で技能書などと言う貴重品が盗まれているのだ。伝わっているなら審査は一層厳しくなっていると見ていいと思う。
「うん、東はパスかな」
次に王都だが、この街にあるくらいだ王都にも当然盗賊ギルドはあるだろう。
「普通に考えれば本部ですよね、王都にあるのって」
あのシャロスと言う男以上の曲者が揃っていそうなイメージがして、とてもではないが行きたいとは思えず。
「となると、南かな。一度海と言うのもこの目で見ておきたかったですし」
一つ気になったのは、僕を何度か助けてくれた紙人形の付与品だ。異国風の術者が作ったモノのようであったし、異国の人間がやってくるところと考えると、国境か港町じゃないだろうか。
「それに、行きずりの船員とかなら古本屋に売るより気を使わずに本とか売れますもんね」
二度会う可能性の低い人であれば僕としても抵抗感が薄れる。
「こう、あの手の本だってうまく行けば……」
そう、いかがわしいを通り越して卑猥な内容の絵やら文章のかかれた本だ。面と向かってこれを買ってくださいとやる勇気はなかったが、酔っぱらって前後不覚になった船員とか相手なら、売れるんじゃないだろうか、あの手の品も。
「どこかで処分しないと増える一方ですからね。ストレージも有限で……あ」
そこまで言ってからふと思い至る。現在の僕は、紙屑を持ち運ぶために本の大半を宿に置いてきたのではなかったかと。
「このまま物資の補充をあの男性に任せて、一度も戻らず宿には『すみません、一身上の理由で戻らず街を出ます。本は処分しちゃってください』とか伝えていた場合――」
とんでもないことをやらかしかけたことに、僕はようやく気づいたのだった。