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逃げ出した

「はぁ」


 紙屑の山を見て薄汚れた天井に視線を戻す。単純作業の繰り返しは思ったよりも僕の精神を消耗させていた。


「僕は何でこんなことをしてるんでしょうね」


 愚痴が知らずに漏れた。自分が臆病であることは知っていたが、根性なしでもあるのか。紙屑以外もポツポツ取り出せるようにはなってきているものの、心は折れかけていた。まるで庭先を掘って金鉱石を探しているかの如く、価値の無いモノだけが山を作って、たいして動いている訳でもないのに疲労ばかりがたまってゆく。肉体的なモノより精神的なモノで、自分に似た声がもう止めてもいいんじゃないのと囁く。


「こんなことをしても状況を打破できる保証なんてないのに」


 ベッドに横たわってモゾモゾしている内に公爵が暗殺されてしまうことだってありうる。そうしたら、僕は一体何のためにこんなことをしているのか、わからない。


「お腹が、空きました」


 当然だ。宿で食事を頼んでおらず、宿どころか部屋も出ずに延々と技能を使い続けているのだから。しかも嫌がらせの様なタイミングで修復されるのが、料理のレシピの一部。


「羊皮紙ってどうにかして食べられればいいんですけどね」


 ひょっとしたら、道具を封印して取り出せる効能を付与された紙なんてモノも世界には存在するかもしれない。


「もっとも、存在して、封印されてるモノが食べ物だったとしても――」


 今の僕の熟練度で取り出せる保証はなく、都合よくピンポイントでそれを引き当てられるかは解らない。


「今のところ取り出せる品はランダムだからなぁ」


 選べるなら暗殺の指示書であれほど驚かない。


「熟練度が上がると出来ることが増えたりするって聞いたことがあるけど」


 以前耳にしたこの情報が正しければ、いつか僕の技能も何らかの成長を見せてくれるのだろうか。


「とはいっても、今の所は紙屑とほぼゴミが出せるようになっただけでしかありませんけどね」


 時間は有限だ。


「これを続けて、新しい展望が見える?」


 見えるかもしれない、だがそれは何時だというのか。


「だめだ」


 モチベーションが続かない。あの未完で作品を投げ出した作家希望の人を笑えない。


「出よう」


 気分転換、何か食べるため。理由をつけて起き上がった僕は、ベッドを降りて、紙屑の山をそのままにドアの方へ歩き出す。山をどうにかしなければと思っていたことは覚えていたが、何かする気力も出てこなかった。


「はぁ」


 ノブを回してもため息が出る。所持金は大して持っておらず、買える者はたかが知れている。食事の代金を節約するなら、安価な料金で飲み食いできる店へ足を運ぶべきだが、その手の店が立つのは治安もあまり良くない通り。


「所謂日雇いの労働者が愛用する店なんですよね」


 僕をよく思わない連中と鉢合わせする可能性が極めて高く、出来れば避けたい店でもある。


「となると、あそこかぁ」


 問題の店を避けた場合、唯一の心当たりは以前仕事を引き受けて雑用をした飲食店だ。時折カビの生えたパンだとか痛んだ野菜を譲ってもらい、食べられそうな部分だけを口にして食事代を浮かせていたことがある。勿論、ほぼ廃棄物に当たるソレだって毎日出るわけではないし、高い頻度で訪れれば、店との関係も悪くなる。


「今月はもう一度頼ってる。しかも先週……できれば避けたいですけど」


 空腹感が独り言へ腹の音で抗議する。


「ですよね」


 諦念を声に出して絞り出し、僕は結局熟練度稼ぎから逃げ出したのだった。



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