生業
「え」
立ち尽くす僕に男性は言った。
「いやはや、そのためにこの頭も随分さみしくなったモノです」
苦笑して撫でつける髪は剃ったかのような不自然さで髪の生えている面積が狭く。
「じゃあ、ひょっとして」
「ええ、剃りました。剃り落とした髪を代償に付与を行いましてな。また生えてきて元の長さに戻るのは、当分先でしょうな」
「ただ剃っただけ?!」
こう、引き抜いたとか代償で生えたままの髪が消失したとかもっと重いモノを考えて居た僕は思わず叫ぶ。
「ああ、その反応。良くされますが、私はこれでご飯を食べてる身の上ですからな。失ったら戻ってこないような重い代償を払っては後が続きません」
「あぁ」
言われてみればもっともだが、なんだろうこの腑に落ちなさは。
「ですが、命の恩となれば話は別です。助けていただいたお礼をまた生えてくる髪の毛を代償にした付与で、などとは申しません」
「えっ」
おそらく善意なのだろうが、代償アリと聞いてじゃあお願いしますと言えるような神経を僕は持ち合わせて居ない。
「受け取れませんよ。荷物もお金もなくてこれから再出発なんでしょう? 苦境にある人に更なる苦境を強いる程、落ちぶれたつもりはありませんから」
と表向きは言いつつも、実際はこの男性が差し出す代償を背負うことが怖いだけなのだが。
「どうしてもと言うのであれば、髪の毛の方で火おこしに使えそうなモノでも用意していただければそれで充分です」
紙屑をいっきに処分できるとしたら時間短縮にはなる。魅力的ではあるが、強力な付与品というのは持っているだけで狙われるというリスクも有するのだ。
「なんと無欲な」
「いえ、ちゃっかり要求はしてますからね? 全然無欲じゃないですよ?」
どちらかと言うとさっさと話をつけて作業に移りたいなとかこの男性に引き取ってもらいたいなと言う意味合いの方が大きいのだが。
「ふむ、しかし火おこしですか……それぐらいでしたら、実は今着て居る服が付与品でしてな。キーワードを唱えて袖を一振りすれば炎が起こせます」
「え」
「生え代わりで抜けた歯の半分を代償に付与したモノが袖に仕込んであるのですよ。護身用でもあって全力を出せば広い範囲を焼き払うこともできますぞ」
驚く僕の前で、その男性は得意げに胸をそらした。