聞かなかったことにはできませんか?
「こう、何と言うか」
ここはもう何も聞かなかったことにして、この男性には立ち去って貰った方が良いのではないだろうか。軽い頭痛を覚えた僕としてはそれこそが最適解なのではと思え。
「……そう、ですよね」
呟いて、顔を上げた。何故悩んでいたんだろうと不思議に思え。それさえきっとどうでもいいことなのだと思う。
「それじゃ、僕はこれで」
「ちょっ、ちょっと! 何故さりげなく立ち去ろうとしておられるのですか?!」
歩き出そうとしたところで、呼び止められるが、理由など至ってシンプルであった。
「いや、関わり合いになるとめんどくさそうな気がしまして」
「そんな?!」
お礼に心が揺れなかったわけではないが、関わり合いになるリスクと天秤にかけると微妙な気がしたのだ。まだ付与技能の詳細も聞いていないというのに。
「いえ、割と重要というか自分のミスで自分の命を落としかけたことを笑い話にしてしまうような人はちょっと……」
「うっ、た、確かに。失言でした。反省します」
僕に言われてからではあるが、流石に拙いと思ったのか頭を下げ。
「解かってもらえたなら、と言いたいところですが……実は僕が去ろうとしたのにも理由がありまして」
その様子を見て冗談ではなく歓迎できない理由を一つ、僕は明かすことにした。
「船から落ちたっておっしゃいましたよね?」
「え? ええ」
「で、見たところ手荷物もない。一方で僕はそこの街を出てきたところで、数日は戻るつもりがないんです。そして、その間の食料も持ってるのですが、普通に一人分の想定量」
もうおわかりですよね、と続ければきっとこの男性も理解すると思う。
「なる程、食料を分ける余裕もなければ時間を割く理由もない、と言う状況なのですな」
「ええ。ですが、ご覧のとおり街はすぐそこですから、あなたが付与者なら技能を使えばお金や食料、今日の宿を得ることは難しくないでしょう」
今よりはるかに成長した僕の様に強力すぎてホイホイ使うことができないというのでなければ、財布と荷物を川で失っていようとも、それである程度の取り返しはつく、そう思ったのだが。
「もし特殊な触媒とかがないと付与ができなくて、触媒が川に流されてしまったとかなら話は別ですが」
「あー、いやいや、それは大丈夫ですぞ。私の付与技能は自身の身体の一部を代償に炎の力を付与するというモノですからな」
男性が明かした触媒に当たるモノは僕が思っているよりもはるかに重かった。