調達
「ありがとうございました」
最初に購入したのは、袋だった。店員の声を背に僕は店を出ると、周辺を警戒しつつ道を行く。
「やっぱりこの辺りでもたまに見かけますね」
先ほど盗賊ギルドの人間と思しき女性と接触している僕としては、視界の中に衛兵が居るというのはいたくありがたいモノだった。安心感が段違いなのだ。
「油断は禁物ですけど」
この分なら食料と水の確保も含めてそこまでは何とかなりそうな気がしてくる。
「とはいっても、ただの前準備何ですよね。あ」
ポツリと呟いてから、忘れ物に気づく。
「火種もなんとかしないと」
先ほど出たばかりの店に引き返して火打石と打ちがねを購入するのが一番早いのだが。
「こう、恥ずかしいですよね」
もちろん僕のちっぽけなプライドなんて余計な手間がかかったりリスクを負い込むことに比べれば、至極どうでもいいものであり。
「ありがとうございました」
二度目となるその声がどこか笑っているように聞こえたのは僕の被害妄想だろうか。
「これで火種の用意も完了ですね」
紙屑だけならば処分に困るほどあるので、最初に火をつけるモノに関しても問題はない。水筒は今荷物袋に入れているモノでいいとして。
「後は紙屑を一度で運び出せるか、かな」
ストレージに入れなければ、当然紙屑だって重量が存在する。一つ一つが大したことなくても山になったモノを押し込むとしたら、それ相応の重さにはなるだろう。
「一度で済まなければストレージの本と入れ替えるか、運び出しを二度以上行うかの二択ですよね」
前者は追加分の重さを気にしなくていいが出した本によって部屋の床が心配であり、後者は重い荷物を何度か運ばなくてはいけない苦行だ。
「距離が近ければまだいいんですけど」
目的地は街の外。かなりの距離がある。
「数度の往復は明らかに現実的じゃなさそうですよね、よくよく考えると」
選択肢が二つあるように見えて実際は一つだった。もう、こう、何かグデグデだが、こうして方針は定まり。
「うまく行く保証もなくて、ただ苦労するのは確定だと――」
解かってはいる。解かってはいた。気になることはいくつかあるのに、一つとして解決法を見出せずにいる。
「はぁ、それでも僕は……僕は試すしかないんですよね」
何もせずに公爵が暗殺されてしまうことが、公爵の死によって起きる不幸を見てみぬふりをしたという事実が嫌で、怖くて。僕はこうしてあがいている。
「さてと、食料はどこが安かったかな」
日雇い労働者の収入なんてたかが知れている。そんな中日々の生活費をやりくりしていけたのは、家庭教師の先生から得た知識に寄るところが大きい。
「いつか旅二人でをしよう」
昔、婚約者とそんな約束をして、実現の為に家庭教師にはいろいろ聞いた。貴族として生きていくなら全く不要の事柄が多かったが、皮肉なことにその時の知識が今の生活を支えてくれている。安い食料品を購入するならどこがいいかなどと言うのも、先生にせがんで教えて貰ったことであり。
「先生には本当にお世話になりっぱなしですよね」
出来ることなら再び会ってしっかりお礼が言いたいが、それも現状では能わない。
「僕にできるのは、結果を出すことで恩に報いることのみです……と格好つけたいところですが」
今は成功の保証もない上に下準備中。
「信じてやれることをやるしかない、解かってはいるんですけどね」
畳まれた空の袋を抱え、比較的安全な道を次の目的地へと僕は行く。
「こう、こんな大きな袋なら歩きながら一冊や二冊……って、駄目です! これ以上増やすわけには」
一人、自分と自分で謎の戦いを繰り広げながら。
「付与品が手に入れば、状況は好転するでしょうけど」
高価な品だけに付与品持ちが物取りに狙われることも珍しくはない。実際僕は追いかけまわされたわけだし。
「っ、まぁ、一冊だけなら……」
その後も続いた僕VS僕の戦いは、妥協点を見つけそこへ持ってゆくということで引き分けに落ち着き。
「さてと」
袋に隠して技能を使いつつ、僕はとりだされるモノに少しだけ期待するのだった。




