ある朝のこと「ミリティア視点」
「最悪の目覚めだわ」
汗で張り付いた下着と髪に不快感を感じながら私は吐き捨てた。
「今頃になって夢で見るなんて……どうしてよ」
全くもって理解できない。突然に知らされた婚約者が技能に目覚めたという良い知らせには、ワイゼガルド家からヴァルクが追放されたという最悪の知らせがくっついてきた。
「ヴァルクが?! どうしてよ!」
当時の私は荒れに荒れた。ヴァルクほどで無くても技能に目覚めるのが遅かった、そんな私と痛みを共有し励ましてくれた婚約者だったから。
「よかったじゃないか、ミリティア。無能な臆病者が夫にならなくて」
「確かに。家同士のつながりの為とは言われても、私だったらあんな無能と婚約なんてとてもでないけれど無理でしたわ」
「その点ミリーは偉いよな」
二人いる兄と姉は外面こそ良く、面と向かっては人を悪く言わないものの、当人が居なくなれば醜い本性をあらわにし、他者の欠点を上げて馬鹿にし、嘲笑っていた。当然だがヴァルクも他者の例に漏れず、ヴァルクが追放されたことを知った兄たちはそう言ったのだ。
「ヴァルク……」
確かに家同士のつながりの為に結ばれた婚約だった。けれども、私がずっと一緒に居たいと思った相手はただ一人だけ。確かにヴァルクには臆病なところがあるが、優しかったし、私が技能に目覚めたときは我がことの様に喜んでくれた。
「ヴァルク……今どこに居るのよ」
そんな婚約者のことを夢で見た。だれもが婚約者の前に元の字をつけるけれど、私だけは意地でも倣うつもりはない。たとえ二度と逢えなくなったとしても。
「と言うか、それがどうして、ああなってるのよ!」
夢で見たヴァルクは幼い女の子と色気が過剰な女に迫られていた。どちらも見覚えはない人物だし、そも私の技能は夢による予知だとか遠見だとかではない。ヴァルクと離れていろいろこじらせたことでたまたまそんな夢を見ただけの可能性はある。
「だけど、正夢だったら……」
自分で自分を抱き、胸元に視線を落とす。腕に圧迫されて変形した胸の膨らみが見えた。
「はぁ」
思わずため息が出る。大きすぎてみっともないと陰で姉たちから馬鹿にされた肩こりの原因が、この大きさになったのはいつからだっただろうか。
「そう言えば、ヴァルクもいつからか目をそらすようになったのよね」
そんなにみっともないのかと、陰で泣いたことすらもう過去のことだ。足元は見えないし、走ると引っ張られて痛く、兄や姉の誕生日パーティーでは参加者の男性にジロジロ見られるわと良いことなんて記憶にない。
「はぁ……このままじゃ汗疹になるか風邪ひいちゃうわね。汗を拭いて着替えないと」
着替えはどのみちしないといけないことだが、メイドに着替えさせられてはやたら寝汗をかいていたことを知られてしまう。
「嫌な夢を見てうなされてたとか、あの人達の耳に入ったらまた馬鹿にされる材料をこっちから提供する様なモノだわ」
仕事を奪って申し訳ないけれど、着替えは一人で済ませてしまうとしよう。
「自分で出来ることは、自分でやれるように」
昔、ヴァルクが家庭教師の先生から外を旅した先生の友人の話を教えて貰ったと話題にしたことがあり、話が膨らんでいつか二人きりで旅をしようと約束したのだ。供もいない旅なら、自分のことは自分でできるようにならなければならない。こっそり本を読んだりして学んだ技術の大半は、披露する機会を未だ得て居ないけれど。
「忘れちゃったら、あの時の約束も……」
なかったことになるような気がして、未だに練習できることはこっそり練習している。
「けれど、昔よりできなくなったのはきっとコレのせいよね」
恨みがまし気に胸の膨らみを持ちあげてみる。練習の機会は些少減ったが、それが理由ではない筈だ。
「……ヴァルク」
私はまだ諦めて居ない。平民として暮らすことになったって構わない。本来の目的とは違うが、その時はこれまでしてきた練習が役に立つはず。
「諦めてたまるもんですか」
ぐっと拳を握り、私はつぶやいた。