予期せぬ再会
「ここで動揺しちゃいけない」
声は出さず自分自身へ言い聞かせる。迂闊だった、スラム地区でなければ盗賊ギルドの人間はうろついていないなんてルールはないのに。スラム地区に近づかなければ、接触することはないと勝手に決めつけて安心していた。
「ええ、良い取引だったわ。それじゃあね」
何事もなかったかの様に女性は店の男性と言葉を交わすと、僕の脇を通り抜けて去っていった。
「何とかやり過ごせたのかな?」
いいえ違うとその考えを自分自身で否定する。数秒前の自分が平静だったなどと言えば嘘でしかない。しかし、あの女性と僕は直接会ったわけじゃなく、僕が板の隙間から覗いて一方的に知っているだけなのだ。あのシャロスと言う男から何か僕のことを聞いていたとしても、直接会ったことはない。
「不自然ですよね、さっきの僕は」
訝しまれても不思議はないし、あの女性が僕のことを知っていたなら、僕自身も何らかの手段であの女性が盗賊ギルドと関係があることを知っていると悟られた可能性がある。
「いらっしゃい。何かお探しですかな?」
ただ、現実は僕を思考に沈ませてはくれなかった。ある意味当然ではあるが、女性を見送って手の空いた初老の男性が僕に話しかけてきたのだ。
「あ、いえ。探しているのではなく、この本を引き取ってもらえたらと思いまして――」
当初の予定からすれば、何の問題もないが僕には別に気になることがある。
「何故あの女性は古本屋に来ていたか」
スラム地区で見かけた女性を古本屋で見かける。何とも言えぬ嫌な予感がした。
「と言うか、もう予感じゃありませんよね」
僕はスラム地区で、持ちきれない幾らかの本を置いてきた。路上生活している幼い少女の所へだ。お金に変えられるようにと置いてきたわけだが、少女は本をお金に変えられただろうか。
「例えば、誰かに変わりに売ってきてもらうとか」
汚れた路上生活者がやってきたら店主もいい顔はしないだろうという以前に、幼い少女が何冊もの本を運びスラム地区の外に出て古本屋までやってくるということに無理があるのだ。
「本を抱えた少女を見たどこかの女性が、その本はどうしたのと聞いたなら――」
僕は、あの少女に口止めをしていただろうか。
「もしその女性が、本をお金に変える手伝いをしてくれると言ったなら――」
少女は女性に好意を抱かないだろうか。
「あの女性があの子のところに残してきた本を売りに来ていたとしたら」
単に情報収集の為だけに少女の手伝いをするとは考えにくい。
「僕は本を持っていた。だから『本に関係したところに現れるんじゃないか』というところまで計算した上で古本屋を訪れていたとしたら――」
あの女性は目的の半分以上を達成している。さっき売った本が元々僕の残した本であれば、お前を一時的に匿った少女もこちらの手の中だというメッセージの可能性だってある。
「だとしたら、古本屋の入り口で待っているというのが物語だと定番のパターンでしたけど」
その上で、少女を助けてほしくばこちら言うことを聞け、とやる訳だ。もっとも、事態がそこまで進んでいるというのは最悪のパターンであって、スラム地区で襲ってきたおかしな男を本を投げつけて撃退した件から。古本屋に網を張っていただけってこともある。
「結構な量の本でしたが、そうですな……これぐらいでどうでしょう?」
「あ、はい。うーん、もうひと声と言いたいところですが……纏めて引き取っていただくわけですし、ではそれで」
査定が終わったらしく、男性の提示してきた金額に少し考えてから僕は承諾する。本当ならもう少し交渉したいところだったが、盗賊ギルドと関係のある人物に居場所を知られてそれでも長居しようなんて気は起きない。どちらかと言えばさっさとここを飛び出したい気分だったが、それが先ほどの拙い対応より悪手になるのは言うまでもない。
「そも、今は衛兵だってあちこちにいますし」
下手に脅迫して、僕が近くの衛兵に泣きついたらどうするのかを考えていないとは思いづらい。
「ありがとうございました。これが代金です」
「はい、確かに。ではまた売るモノがでたらお邪魔させていただきますね」
初老の男性から本の代金を受け取り、そのつもりはないが社交辞令じみた言葉を続けると、それではと僕は踵を返し。
「ともあれ、今後の方針も練り直す必要がありますよね」
外へと向かいながら、ポツリ呟いた。




