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ふて寝じゃない

「ただ今戻りました」


 お帰りなさいなんて愛想のいい挨拶もない。まぁ、安宿なんだから当然ではあるが。それでもこちらはきちんと戻ったことを告げたのは、挨拶はきちんとすることと躾けられたことと、部屋を使うと伝えるとっかかりになればと思ってのことだ。


「今日は個人向きの依頼がありませんでしたから、部屋で内職でもします」

「そうですか。はい」

「ありがとう」


 早すぎるチェックインに訝しむ愛想のない従業員に告げた僕は、差し出された部屋の鍵を受け取ると真っ直ぐ自分の部屋へと向かう。


「内職、かぁ」


 もちろんそれは宿の従業員や主を訝しませないための嘘にすぎない。自分の発言から単語を一つ取り出して反芻する間に狭い安宿の廊下ではあっという間に突き当たり手前までたどり着く。


「さてと」


 くるりと横を向けば、ドアがあり、そこが僕の泊まっている部屋だ。元は物置だったらしく、他より狭くてその代り少しだけ安い。


「ぶっちゃけ、安全に過ごせて、寝れて、虫とかに刺されたり噛まれなきゃ充分許容範囲かな」


 実家で過ごした時は家庭教師が授業の合間にいろいろな知識を教えてくれて、中には旅の心得なんてモノもあった。安宿のベッドには人を噛む虫が住んでいて、噛まれてはれたり下手すると病気になるかもしれないので注意するように、とか。


「けど、あの先生は本当に良い人でしたよね」


 追い出されたときに持ちだした荷物の中に、その家庭教師から貰った虫よけがある。先生も一応技能持ちで所持技能は、『嫌虫付与』。一定の手順を踏むことで道具へ虫の嫌う何かを付与させることが出来るという技能で、若いころは能力を活用した虫よけ製品を量産して稼ごうとしたこともあったそうだ。


「付与するために手順を踏む手間を考えると量産は割に合わなくて諦めたって話だったけど」


 ベッドのマットレスだって天日に干せば、潜んでいる虫を殺すか追い出すことは出来る。ギルドの方でたまにそういう仕事だって見かけるのだ。普通は従業員の仕事なので、それこそ従業員が病気やけがで天日干し出来なくなった時でもなければその手の仕事も出ないのだが。


「って、回想してる場合じゃなですね」


 あの人と出会えたことは幸運だったと思うが、懐かしんでる余裕なんてない。とりあえず鍵を開けて部屋に入った僕は先生の虫よけに感謝しつつドアに鍵をかけてからベッドに横たわった。


「身体への負荷を最低限に」


 生じた余力は全て技能の行使に回す。一応鍵はかけたが念には念を入れて手元を見られない様毛布を体にかけ。


「はた目から見ると、ふて寝ですよね、これ」


 そして何やらモゾモゾして紙屑を量産する作業だ。


「何故でしょうね、なんだかいっきにいかがわしさが増したような」


 ポツリと呟いたのを最後に、気にしないことにして僕は延々と紙屑を取り出し続ける。


「しかし、こう延々と……やってると、ふぅ」


 さすがに連続で技能を行使しっ放しはつらいモノもあるが、何よりあの指示書がマグレだと思い知らされる。取り出されるのは圧倒的に紙屑が多いのだ。もっとも、熟練度が足りず、修復に失敗したモノも紙屑として取り出されるのが僕の技能の仕様の様なので、現状では仕方ないのだが。


「『名もなき作家志望者の書きかけ原稿(未完)』って」


 ごくまれに成功するとしても、微妙なことが多すぎる。完全に支配下に置いたことで脳内に浮かんだ補足情報によると、今取り出した原稿の作者はモチベーションが尽きてしまったとかで続きを書く気はないらしい。


「『創作物あるあるです(笑)』とかこの補足情報誰が作ってるのって全力でツッコミたくなるけど」


 今は我慢だ。

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[一言] エタったんですね……(遠い目
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