そして僕は
「なるほど、あの騒ぎで追われていたのが君だったという訳か」
詰所にたどり着き、僕が隠す必要もない同じ冒険者ギルドに所属していた連中に追いかけまわされたことを明かすと、椅子に腰かけ鎧をつけた男性が納得した態で頷いた。他の衛兵と比べると装備にいくらかの装飾が加えられていること、一度だけ隊長と呼ばれていたことからすると、ここの詰所の隊長なのだと思う。
「騒ぎで捕まえた連中の口からきいた話と辻褄が合う。しかし、追われてスラム地区に逃げ込む羽目になるとは災難だったね。いや、よく無事で出てこられたというべきか」
「運が良かったんですよ。屋根に上って屋根伝いで外に出ることを思いついたのも偶然ですし」
「ふむ。かくまってくれた者もいたのだったな。確かに幸運だ。あそこには迷い込んで生きて帰れなかった者が幾人かいる」
少女の事は話すか迷ったが、盗賊ギルドの幹部らしき男に声をかけられていたことをまず話し、かくまってくれた人の事を詳しく話すと身に危険が及ぶかもしれないのでと詳細は告げず、僕を一晩かくまってくれた人が居たとだけ伝えた。
「ああ、やっぱり危険地帯なんですね。そんな気はしていましたが」
僕とて襲われはしているのだ。本を投げて事なきを得たが。
「しかし、事の発端を考えると幸運とも言えんか。『顔を合わせづらい者と鉢合わせになりそうになったのを避けるため』に近くにあった付与品の店に逃げ込むのを見られて誤解されるとは」
「まぁ、僕も追放されたとはいえ実家は貴族の家ですから」
僕が多額の金銭か付与品を持っていると誤解し、それを奪う為追いかけまわしていたという理由については既に話している。ある程度の事は話さないと、辻褄が合わなくなって怪しまれる。下手な嘘をついた上それがバレて墓穴を掘ることこそ、今は忌避すべきだろう。
「しかし、こんな時間まで見回りされているとは思いませんでしたが、何かあったんですか?」
ただ、気になる点と言うか不自然に思う点が一つあって、気づけば僕は隊長と思しき人に尋ねていて。
「……実は君が逃げ込んだ店に強盗が入ってね。技能書が一冊盗まれている」
「え゛」
返ってきた答えは、色々な意味で衝撃的だった。
「タイミングがタイミングだったのでね、君を追いかけまわしていた者達の方は注意を引くための囮ではないかと言う疑いがあったわけなんだが……」
「何の関係もなかった、と?」
「ああ」
頷く推定隊長を見ながら、ひょっとしてこれは拙いのではと思う。僕が逃げまわったりスラム地区に逃げ込み無事御脱出するまでの間にそんなことになっていたとは知らなかったが、陽動の共犯と言う意味でなら僕も疑われてもおかしくない。
「しかし、先ほどのリアクションは何とも微妙だね。知らないことを聞いて驚いたようにも見えたが――」
「それもありますけど、都合良すぎるタイミングで騒ぎが起きたなら狙われた側の僕も疑われるんじゃってところまでは容易に想像がつきましたから。どっちかっていうなら、『追いかけまわされた上に疑われる可能性があるとかどれだけついてないんですか』的な意味合いの『え゛』ですね」
どことなくうんざりした顔で僕は明かすが、それはまぎれもない僕の本音だ。ただ、言ってないこともあるだけであり。
「そも、そういう話をするってことは、犯人はまだ捕まってないんですよね? 捕まってたなら僕が関係ないことは解かる筈ですから」
「そいつに関してはノーコメントと言いたいところだが……」
男性は僕の確認に言葉を濁す。これはひょっとして疑われているのだろうか。だとすると色々よろしくない。例えば僕は昨日、古本屋を梯子して本を売って回っている。そう、本をだ。技能書と違って売ったのはただの専門書とかだが、経常的な意味で一致を見せているし、技能書を持ち運ぶカモフラージュだったなんて迷推理されれば、さらに詳しく調べてみようなんてことにだってなりかねない。
「疑わしいので、とりあえず技能を見通す者を呼んで、技能をチェックしてみよう。技能書を使って隠ぺいしたなら一発でわかる」
なんて言い出されたら、いっかんの終わりだ。どうやら窮地はスラム地区を抜けたところで終わっては居なかったらしい。