これじゃない
「えーと」
まず何でこんなモノがと言う思いで僕の視線は果てしなく遠くなった。
『剣士の技能書:読むことで剣士の技能を習得する。一度読むと本自体が失われる。付与者:伝授師ゴズウェル』
取り出した品が昨日付与品の店で見たモノだったとか、タチの悪い冗談だろうか。
「いや、理屈は解かりますよ」
昨日追いかけまわされることになったスタート地点からあの店はあまり離れて居ない。僕が店を出た後であの技能書を購入してその場で使った人物が居たとすれば、使用によって消失した位置とそれ程離れて居ない場所に居た僕が技能で取りだせたことにも半分くらいは納得がゆく。
「ただ、残り半分が謎なんですよね」
現状の僕が取り出せる付与品は僕が以前の所有者だったことで難易度の下がったモノを除けば、紙人形が唯一の成功例だが、あれはもう奇跡と言っていい。
「何の縁もゆかりもない付与品を修復して取り出せる程、熟練度は上がってない筈なんですけど……ひょっとして、付与品はとりだしたことで上昇する熟練度が桁違い、とか?」
だとしても、あれから一度も熟練度が一段階上がったという情報が脳裏に浮かび上がっていない。
「こう、何か腑に落ちないというか……って、考えて居る場合じゃありませんでしたね」
モヤモヤはするものの、今はスラム地区からの脱出中だ。僕は適当に薄めの本をストレージから荷物袋の中に移すとできた空きに剣士の技能書を収納し匍匐前進を再開する。
「身を守ることを鑑みると、すぐにでも使っておきたい気もしますけど」
技能書を読んだ場合、僕は二つの技能をもつ身となる、だが。
「複数の技能もちなんて、おとぎ話でくらいしか聞いたことが無いんですよね」
理論上存在はしうるし、たぶん歴史上にも存在するとは思う。だが、情報が殆どない状態で複数技能持ちになるのは危険すぎる。
「『複数あっても一度に使えるのは一つだけ』とか制約がある可能性もありますし」
複数の技能を得たことによる混乱で元からあった技能の方も使えなくなってしまうなんて最悪の事態だって起こるかもしれない。情報が無い今、ぶっつけで試すような勇気は臆病者の僕には無かった。
「それに、何が何でも僕が使わなければいけないって訳でもありませんからね」
いつか技能のことさえ明かせるような信頼できる仲間ができた時、その仲間に譲渡して使ってもらうだとか。
「奴隷を購入して、というのも一つの手ではありますよね」
技能によって主に絶対服従となるよう処置され、販売される人間。この国でも違法ではないが、処置に特定の技能もちが必要なため絶対数は少なく、価格も恐ろしく高価だ。技能で絶対服従を付与された言わば生きた付与品なのだから当然だが。
「そもそも、この他者へ『主への絶対服従』を付与するっていう技能自体がとんでもない技能ですからね」
悪用されればどれほどの被害が出るか。へたをすれば技能の存在が発覚し次第、技能の持ち主が抹消されてもおかしくないと思える程だが、この技能の所有者は自身の身柄を国に預け、代々我が子に同じ系統の技能に覚醒しても犯罪者を奴隷にする場合と、子孫への処置意外には使わず国の命に従うと技能で処置しているが故に身の安全を保たれている。
「ある意味で不幸ですよね、生き方を固定されてしまってるわけですし」
処置した犯罪者からも憎まれているだろう。それでも僕が父に本当の技能について打ち明けなかった理由の一つになった技能もちの末路と比べれば、幸せな方の気がしはするけれども。
「ともあれ、早くここを抜けださないと」
盗賊ギルドに捕まってしまえば、僕もロクでもない末路に至ってしまう可能性は高い。僕は自分の身体で屋根を雑巾がけするように這い続け。
「ふぅ」
建物同士の境に差し掛かると身体を起こし、紙人形を肩に乗せてから屋根同士の隙間をまたぐ。
「離れた場所からは繋がって見えてたんですけどね」
隙から下を除くが、幸いにも人はおらず。
「さて、もう一息です」
僕は再び匍匐前進に戻ったのだった。