至りしもの「???視点」
「いやぁ、どこのどんな馬鹿だか知らねぇけど感謝したいね」
おれっちは妙になじむ剣の柄を弄びつつ、窓の外を見る。東の空が白く明るくは、なり始めていた。
「夜明けにゃまだ早ぇえか」
ポツリと呟いて、この街を抜け出すタイミングについて考える。
「強行突破がてら試し切りってのもおれっち的には悪くねーんだけどなー」
今のおれっちは技能持ちの剣士様だ、そんじょそこらの兵士なんざ敵じゃねぇとは言え、あくまで技能なしの話。戦いに使える技能もちが複数いりゃあ石畳に無様に転がってるのはおれっちになるだろう。
「通りで騒ぎやらかした馬鹿のおかげで通りの人間の注意がそっちに逸れてくれて――狙ってる技能書は手に入った。店員の女は顔を見られる前にぶん殴っておねんねさせたから面は割れてねぇだろうけどよ」
読んだら技能もちになれる本なんてモノを使って逃げたとなりゃ、犯人を捜して衛兵どもはこの街を探し回ってることだろう。
「ま、こんな時間に探してるのは、居ても少数だろうけどな」
けど、油断するつもりなんておれっちにはねぇ。
「人は少なく、隠れるところも多い時間帯。逃げるにゃ持ってこいだとおれっちも思う。当然、追う側だって考えてるよなぁ、そんなこたぁ」
探し回ってる人間は少なくとも、街の出入り口の警備を厳重にしてるとしたらよ、突破はなかなか難しい。
「虚を突くなら、真昼間、堂々とだな。だが、通りで騒ぎを起こしたどこかの馬鹿は今頃とっ捕まって衛兵たちとの楽しいおしゃべりもとっくに終わってんだろうしなぁ」
技能書が盗まれたのとほぼ同じタイミングで騒ぎが起きりゃ、騒ぎを起こした馬鹿は当然盗んだ奴とグルだって疑われて取り調べを受ける。
「ホント言うなら、馬鹿が衛兵に絞られてる間に逃げられりゃ良かったんだが」
犯人の一部を捕まえたから芋蔓式に捕まるだろうと油断してくれりゃ、おれっちは馬鹿に全てをおっかぶせてとんずらできた。けど、そうもいかなかったのだ。
「ねーよ! 昼間の兵士多すぎだっての!」
いや、多いだけなら何とかなる方法はいくらかあった。ただ、技能書を使いたてでは体になじんでおらず、感覚の差異のせいで身体の調子もおかしかったのだ。
「技能書売ってたんだ、色々知ってたっておかしかねぇ」
盗みの行われた現場近くで、歩き方もおかしい男がいるなんて目撃証言が上がれば、そいつが盗んだって一目瞭然。うまく動かない体で人目を避けつつ店の近くを離れ、隠れ家であるこの部屋に逃げ込むのが精いっぱいだった。
「本当にどうすっかね。外に逃げると見せかけてスラムにってなぁ、悪手だしな」
あそこは盗賊ギルドが仕切ってる。だが、おれっちは盗賊ギルドに入ってない上、でけぇ盗みをやった。ギルドとしちゃ面白くねぇだろう。
「だいたい盗賊ギルドなんぞに入ったら頭押さえつけられて便利に使われるのが目に見えてるしな」
この力で面白おかしく暮らすつもりのおれっちとしちゃ、盗みの前に盗賊ギルドに入るつもりなんぞなかった。
「どっちにしろこの街ともあと少しでおさらばだ! ここを抜けさえすりゃ、戦える技能持ちは引く手数多!」
金持ちの護衛をしても良いし、戦争やってる国に行って手柄を上げてなりあがるのもいい。
「技能持ちなら出自はとわねぇとこだって多いしな」
この街を抜けることがおれっちにとって最初で最大の難問だ。
「しっかし、そうなってくるとやっぱ重要なのはここを出るタイミングだな。ん?」
ひらめきは、唐突に訪れる。
「そっか、暗いうちの出入り口の警備が厳しいなら、暗いうちに出入り口を抜けようとしなけりゃいいだけじゃねぇか」
暗いうちに出入り口のそばまでは行き、潜伏して出入り口の警備が手薄になったら出入り口を抜けりゃいい。
「二段階で考えりゃよかったんだ。しかし、それに気付くとはおれっちは天才だな」
思い立ったが即決行。おれっちは窓から外に兵がうろついてないのを確認すると、今日まで世話になったこの隠れ家を後にするのだった。