遅々として、でも
「こう、思った以上に屋根の強度が心配になるんですけど……」
戦々恐々としつつ、匍匐前進は続く。先行する紙人形の後をついてゆく形でだ。
「こうして這ってるのも――」
下から見つからない様にと言うのもあるが、屋根に接する場所を増やして体重を分散させる意味合いもあるのだと思う。
「本当に術者の人はどういう人なんでしょうね」
疑問を覚えると同時に、その知恵に僕は舌を巻く。
「技能で解るのは付与者の名前だけですし」
今どこにいるか、故人かどうかも分からない。いや、解ったところで僕の技能は明かせない以上、知ってどうなるのかと言われると微妙なのだが。
「そも、今は余計なことを考えてる場合じゃないですし」
昨晩は雨も降らなかったし、這い進んでいるから安定はしているが、屋根には傾斜がついている。うっかり手や足を滑らせて屋根から転げ落ちる危険性はあるのだ。
「っと」
追加で言うなら建物と建物の堺になってる場所では高低差や段差があって一旦体を起こす必要がある場所もある。
「これで一軒分また外に近づいた訳ですが」
この段差、紙人形にとってはとてもじゃないが越えられない高さだったりする場合もあり、足止めを食ってる紙人形に手を貸すのも僕の役目だ。
「けど、これアドバイスの範疇で良いんでしょうか」
僕としてはありがたいのだけれど、疑問にも思う。紙人形は小さい分、僕よりはるかに見つかりにくい。だからこそ先行偵察まがいのことも出来て、その結果わかった見つかりにくいルートを通るという恩恵にあずかっている訳だが。
「いや、深く考えたら負けですよね」
これで脱出できるなら、それで良しとすべきだ。僕は東側が白みがかった空を少しだけ仰ぐとすぐ匍匐前進へと戻る。
「こう、思ってたのと何か違うってなっても、うまく行くなら――」
良しとすべき、良しとすべきなんだ。だいたい、当初僕の立てた穴だらけだった計画の一部だって採用している形なのだから。
「僕の計画のままだたら、立ってるところを見られたか、屋根を踏み抜いて建物の中に落ちてた可能性が高いですし」
この地区は風雨をしのげればそれでいいという掘っ立て小屋が殆どで、二階建て以上の建物はほぼ皆無。雪が積もるような気候でないこともあって、屋根に強度は望めない。
「前者がともかく、後者のことはまるっきり失念してましたからね。屋根に登ったら急いで外に向かおうと走ろうとして――」
実際、上に登って這っていてさえ屋根板が大丈夫か不安なのだ。両足の裏の面積に全体重がかかった場合耐えきれるはずもない。
「逆に言うならこの強度だからこそ、屋根伝いにはあちらも考えない」
虚を突くことができ、無事に脱出がかなう。そう言う理屈であるとは思うのだが、やはり這う速度となると、どうしても遅く。もどかしさが否めない。
「虚を突いてる上身体を低くしては居ますけど、見つからない保証もない訳ですし」
今は早朝だからいいが、日が登ってしまってもこのまま見つからずに済むかには疑問が残る。
「しかし、慣れない移動方法の上、屋根にも注意を払って神経を使うと思った以上に疲れますね、これ」
贅沢が言える身分で無いどころか文句を言うのもおこがましい状況ではあるが、疲れるモノは疲れるし、しんどいものはしんどく。
「あと半分くらいですか」
屋根に登ったことでスラム地区の端は見えて居る。それが疲れた体へ活力をくれる。
「ええ、大丈夫です」
こちらを気にするように振り返る紙人形に頷きを返して、僕は進む。
「それはそれとして――」
進みながら、思うことがある。今、技能を行使するのもありではないかと。這う速度は元々遅いため、並行して技能を使ってもスピードダウンとはならないのだ。
「屋根の上で死角ですし、うまく行けばあの男の部下の動向も知れるかもしれませんよね」
そう都合よくメッセージを取り出せるとは限らないが、シャロスは僕が技能で部下に出した指示を把握しているとは知らない筈。なら、対策もなしにまた指示を出している可能性はある。一考の価値はあると思うのだ。
フライン(略)