宿へ帰る道
消失した部分に記載されてた内容で前話にて書きそびれた部分の補足の為、今話は短めです。ご理解ください。
「はぁ」
気は重い。これで本日の無収入が確定したのだ。宿にある荷物の一部を売り払えば、数日は何もせず過ごすことは可能だろうが、それだけだ。
「結局のところ、熟練度稼ぎも微妙だしな」
ポケットから抜いた手につかんだ複数の紙屑を見て、僕はもう一度歎息した。試行錯誤として、使用時に精神的な負荷がかかったりしたらより成長するのではと、ギルドの建物に入って掲示板を見ている間もポケットの中の手で技能を使っていたのだが、取り出した紙屑の質量でポケットが不自然に膨らんでしまいそうだったので、これ以上を断念せざるを得なかったのだ。
「投げ文も正面からの直訴もリスクが高い割に成功率は低すぎる」
臆病者の僕には怖くてそんな賭けなどとてもできない。公爵が暗殺されて及ぼされる騒動の被害を考えると、後味は悪いが、出来ないモノは出来ない。
「僕に出来ることと言ったら――」
宿に帰って寝ることぐらいだ。その帰路にしろ出来るだけ人気の多い通りを進まないと危ない。ギルドでバカにしてきたパーティーは本当にまだましなカテゴリに入るのだ。以前、技能の熟練度上げをしつつ帰ろうと人気のない道を通った時、複数の男に囲まれ、襲われたことがあった。
「あの時は護身術で隙を作って何とか逃げ出せたけど」
貴族の頃に得た財産に救われるとは皮肉な話だ。
「結局のところ、僕にとっての安全領域は宿の中だからなぁ」
有料ではあるが、安全はタダではないのだ。世の中はそういうモノなので仕方がない。
「そして働かず宿でゴロゴロ、かぁ」
ギルド利用者の連中の貴族像と一部が微妙な一致を見せて複雑な気持ちになるが、僕は貴族の暮らしというモノをある程度理解している。あれはあれで、形式ばって窮屈で自由がなく、ギルドに居た連中が思うほど天国なんかじゃ決してないのだけれど。
「解らないのはどっちも同じか」
実家に居た頃、両者の無知と不理解が争いを作り出すと家庭教師から教わった気がする。
「双方の事情がある程度分かったところでそれが僕ではどうしようもないけれど」
地位も権力も金銭も名声も何もない。今の僕はただの平民だ。それも宿に泊まるお金が残っている限りはと言う条件付きでもある。技能で得た紙屑は出所を明かせないからこそ、火を熾すとき火種を燃え移らせるとか、自分専用の覚書位にしか今のところ使い道がない。
「ある程度成長したならしたで、身を守る術がないと捕まって一生便利な道具扱いだしなぁ」
声には出さず呟くと、本日何度目かのため息を吐いて顔を上げた。視界に入ったのは幾つかの建物、そしてさらに向こうに並ぶ粗末な小屋の群れ。所謂スラムだ。
「宿代が払えなくなれば、僕もあっちで生活することになりかねない、かぁ」
未来の自分を暗示するようで気が重くなった僕なのだった。