朝が来る前に
「あ」
技能を行使したことが正しかったかどうかをすぐ知ることができないのに気づいたのは、技能を使った後だった。既に差し込む光でモノが読めるような明るさはなかったのだ。
「我ながら間が抜けてますね」
これでは、外がある程度明るくなるまで、取りだしたモノの内容を読むことは出来ない。
「とは言っても、裏道みたいなモノはあるんですけど」
明りはない、だから本来確認なんてできない筈だが、一つだけ例外がある。
「ストレージって、取りだすモノの大まかな種別とかはわかるんですよね」
つまり、取りだしたモノとストレージの中身を入れ替えれば、詳細は読めなくても、どういうモノをとりだしたかはわかるのだ。
「さてと、現状でわかってるのは大きさや厚さぐらいですけど……」
とりあえずそれだけの条件でもわかることはある。最初に取りだされたのは小さな紙片、流石にこれは本とは間違えない。
「とりあえず、これを薄めの本と入れ替えて――っ」
脳裏に浮かぶ説明によって、技能を行使したのは結果的に正しかったと知れた。紙片はシャロスからの指示が書かれたモノだったのだから。
「なる程、続きとか後続で出した指示とかなんでしょうね」
残念なのは明るくなるまで中身を確認できないことだが。
「そこは割り切るしかないとして――」
決めねばならないのは、技能の行使を尚、続けるか。
「幸いにも有用なしかも薄い紙片でしたから今回は場所をとりませんでしたけど……こういう例もありますし」
とりあえず、確認のためストレージに入れた紙片を僕は、記憶を頼りに手を伸ばし、まだ出しっぱなしだった分厚い医学書と入れ替えた。たぶん触れなくてもある程度の距離ならストレージへの出し入れは可能だと思うものの、こう暗いと間違って別の本をしまってしまうこともありえる。
「この医学書、どう考えても場所取りますからね」
ストレージ内では一冊の本は大きさ厚さにかかわらず一冊で一つ枠を埋めるようなので中に収めるのはこの手のかさばるモノを優先した方が良い。
「逆に言うと、かさばるモノが出てきてしまっても、ストレージの中の薄めの本と入れ替えれば――」
大物が出てきても少しぐらいなら何とかなるということでもあり。
「足場にするなら大物の方が好ましいんですよね」
モノを大切にするという決意とは相反するが、事実は事実だ。ただ、逆説的にこういっておけば大物も出出来にくいのではないかと思ったこともある。
「これで大物が出て来たら、それはそれで足場になりそうなモノが来たと言う名目で自分を納得させられますからね」
心理的予防線とでも言おうか。
「あ」
そんな小細工までした甲斐があったのか、次に取りだしたのは、薄めの本だった。
「うわぁ」
ただし、ストレージにしまった瞬間、僕の顔を引きつった。いかがわしい内容の本だったのだ。
「何と言う嫌がらせ」
場所はとらないから外に出しておく候補ではあるが、こんなモノを外に出しておきたくなんてない。もし、ここを立つ時にうっかり忘れていったら、酷い過去が残ってしまう。いろんな意味で。
「まぁ、残せる過去ができればの話ですけど」
今の僕には無事窮地を抜けた後の明日があるかもわからないのだから。
「とりあえず、続けますか」
だから、脱出の布石になるかもしれない技能の行使はまだやめられない。
「……ここ、までですね」
ため息と共にそう口にしたのは、ストレージも今いる寝床もこれ以上置けるモノがなくなった後のこと。
「恐るべきは、『あと一回』かな」
次はもっといいものが出るかもしれないという希望的観測に翻弄された結果が、目の前の惨状だ。もちろん、置けるものがないとは言ったが、僕だってある程度わきまえている。少女の周りの空間は置ける場所として認識しては居ないから、埋まっているのは僕の左脇の空間のみ。
「荷物袋にできるだけ押し込めば、半分くらいにまで数は減りますね」
残りは少女に匿ってくれたお礼として置いてゆくことにする。僕の都合を押し付けて申し訳はないが、売ればそれなりの額になることは昨日学習している。売るだけでなく文字の読めないであろうこの子でもわかりそうな絵のみの本も混ぜておいたので、ここを立つ時に纏めて少女へ伝えることにしようと思う。
「朝が来るまでにできることはだいたいこれぐらいの筈」
独りごちて、板の隙間から外を見る。夕日に染まった外が見えたこの隙間から見える外はまだ暗かった。