脱出へむけて
「少しでも休んでおいた方が良い、筈なんですけど……うん」
眠れない。
「まぁ、治安的にも気を抜いたら命取りにならざるを得ない場所ですもんね」
あっさり眠りにつけたなら、よほどの大物か愚か者だろう。
「それ以前に、臭いとか色々と気になってしまうのもあるんですが」
やはり温室育ち的なところが抜けてないのか。安宿の部屋もかなり酷いと思っていたことのあった僕にとって、さらに酷い場所と言うのは想像の埒外だった。
「世間知らずの考えなしという批判は甘んじて受け止めるしかありませんけど」
己の欠点に向き合っている余裕すらないのが今の状況だ。
「ここで暮らしてゆくつもりがないなら、脱出しないと――」
何も始まらない。
「寝られないなら、時間を有効活用して……抜け出す術を模索しませんと」
一応、欠点を見なかったことにすれば、脱出方法などいくつか思いつきはしている。
「一番ロクでもないのは技能を隠さず大っぴらに使う方法ですが」
僕は失われた書物を修復して取り出すことができる。だから、大量に取り出せる本を足場にすることで建物や壁を越えることが可能だ。本を積んで階段や橋を作れば、歩いて抜け出せないこの迷路のような地形でも行き止まりに悩まされることなく最短距離で外に出られるだろう。
「欠点はわざわざ言うまでもありませんよね」
技能の使い手とバレる上、技能の中身もある程度バレる。本だってただ積んだだけで接着も何もしていないのだから、簡単に崩れるし本で出来た足場なんてモノがまず不安定だ。
「登ってる最中に発見されて石を投げられたらそれで終わりですよね」
この辺りの欠点を消すために、日が登り切らない早朝にコレを行うというのが、第二の案。
「それも早朝なら見張られていないだろうという楽観的な予想が当たっていることが前提ですし」
あの女性にしてもシャロスと言う男とその部下にしても、僕の所在をどこまで掴んでいるかがまずわからない。
「外に出られない様見張らせてたということですから、スラム地区の中にまだ居るというところまでは把握してるでしょうけど」
翌日、また外につながる道に見張りを立てるか、それとも今既に動き、潜伏しそうな場所を絞ろうとしているのか、それすら僕にはわかって居ないのだ。
「あちらにとっての想定外は、『メッセージを見られて部下を動かし外に出ようとすればちょっかいをかけるつもりだったこと』を僕に知られているって一点のみ」
傍らの少女と偶々出会い、寝床にお邪魔してるこの状況も想定外の可能性はあるが、住人が何らかの理由で僕を匿うパターンぐらいは想定していておかしくない気もする。
「幹部の様でしたし」
盗賊ギルド。詳しく知って居るわけではないが、ああいう組織の幹部と言うのは無能では生きて居られないと思う。なら、楽観的な考えは捨てるべきだろう。
「問題は、楽観的な考えを捨てると打つ手なしってことなんですけどね」
現状思いついた中で一番いい案が夜陰に乗じ、本の足場を使って壁を乗り越えて行くというモノなのだ。
「最短距離をとれるから壁を乗り越える回数は少なくて済む筈」
技能を使っているところを見られる危険は最小限にするつもりではいる。積む本も偽装の為に一つ一つ荷物から取り出して積み。
「最悪見られても、荷物袋の方がモノのたくさん入る付与品だったと誤解してくれるかもしれませんし」
結局捨てるはずの楽観論になってしまうが、見られても技能持ちとバレない余地はあるのだ。
「もしくは、ずうずうしくも更なる奇跡に期待して技能を使ってみるかですけど」
流石にこれ以上の幸運は続かないと思う。ただこの狭い寝床を本で圧迫するだけに終わるだろう。
「やるだけやってみるってのは悪いことではないんですけどね」
もうストレージにも役に立ちそうにない本を仕舞うスペースがない。
「けど、それこそ駄目でもともとも一つの手かもしれませんかね」
情報が不足、お粗末な作戦しか立てられていないのだ。本音を言うならいざという時の保険は欲しくあり。結局のところ僕はまた技能を行使することとなったのだった。
明日のフライング。(以下略)