もう、躊躇わない(閲覧注意)
「寄生虫、つまり虫が原因なら先生からいただいたこれが効くはず」
宿泊費の安い宿の部屋に高価な付与品を置いて外に出てこられる筈もない。荷物の奥に隠しておいた虫よけの付与品をとりだすと、僕は少女の服を一枚めくると身体にそれを押しあてた。
「布一枚ぐらいなら効果は貫通する筈。でないとマットレスの虫よけなんて不可能ですし」
直接肌に当てた方が良いのかとも思ったが、相手はいくら幼いとはいえ異性だ。相応の配慮はしてしかるべきだろう。
「医学書だと、虫下しの薬湯を飲ませるのが正しいやり方みたいですけど」
普通は付与品などといった都合のいい品がないのだから当然だ。
「薬湯が効けば、寄生虫が体外に排出される……ですか。あ」
ちらちらと医学書を確認しつつの作業だが、この時点で僕はようやく気づく。排出、つまり虫が出てくるのだ。
「う、うう……うぷっ」
寝て居たはずの少女がうめいたかと思えば、いきなりえづき。
「あ、ちょっと、待」
制止なんて遅かった。それ以前に意識はないのだ。声をかけても無駄だったと思う。
「く、口から吐く方だっただけマシ……口から吐く方だっただけマシ……」
ストレージから紙屑をだすと呪文の様に繰り返しながら吐しゃ物を蠢く気味の悪い虫ごと包み、踏んで潰した上で板の隙間から外に放り出す。
「できれば焼いてしまいたいですけど、火種もここにはありませんし」
この狭さで火なんて扱ったら、火事になるのが目に見えて居る。
「ともあれ、僕にやれるのはここまでですね」
少女が元気になれるかは、彼女の体力次第だろう。
「問題は、僕の方の窮地がそのままで、時間だけ経ってしまったことですけど――」
ある意味、今更かもしれない。少女を無視して外に出ようとしていたところで、あのシャロスという男の部下に通せん坊されたり絡まれたりで時間を浪費し、日没を迎えて居た可能性が大きいのだから。
「幸い虫よけはありますし」
不衛生さには目をつむって、ここに潜んで夜を明かす。それが正解かもしれない。少女が寝床に使っているのだから外を歩きまわるよりはるかに安全だし、一応人目から逃れるための板もある。
「後は、さっきの紙屑を何とかしないと」
外に放り出したアレが人目を引いてここが見つかったら、目も当てられない。
「吐しゃ物込みだとストレージには入らないでしょうし」
この辺りの足元は舗装されていないただの土だ。適当に掘って埋めてしまおう。そう判断して僕は板に手をかける。
「慎重に、慎重に」
色々あって時間が流れ、太陽の高さは少女が外を歩くのは自殺行為と言ったところまで低くなっている。危険人物や僕を探しているかもしれないあの男の部下と外に出てバッタリというのは避けたい。板の裂け目から外の様子を僕は覗き込み。
「黄昏時とは良く言ったものですよね」
オレンジに染まった薄暗さと視界の悪さに苦虫をかみつぶす。
「まぁ、視界だけで不安でもやりようはありますし」
耳を澄まし、意識を外に傾けると、聞こえてくるのは虫の音のみ。
「とりあえず、今なら大丈夫そうですね」
だがあくまで今は、だ。この後誰かが通って、捨てた紙屑に興味を持つかもしれない。僕が本を持っていたことで、あのシャロスという男なら紙屑と僕を繋げて考えるかもしれない。
「急ぎましょう」
なるだけ音を立てないように板をずらし、僕は身体を捻じり出すようにして外に至ると、周囲を見回す。
「あった」
隙間から放り出しただけあってさして離れた場所まで飛ばなかったらしい。
「よし」
あとは穴を掘って埋めるだけ。穴を掘るような道具はないが、浅くても良いなら靴を履いた足で十分掘れる。
「焦るな、落ち着け」
声には出さず、そう自分に言い聞かせるようにしてつま先を土へ突き込んだ。