考察、そして
「この指示だけだと、判別はつきませんね」
僕が技能を持っているとかどうかをあの人物が知っているか、さっと目を通した限りではわからなかった。僕の風貌、人相、だいたいの身長のみが情報としてのせられているのは、僕が名乗らなかったからだ。
「あそこに技能持ちかどうかを知る技能をもつ人間が居たとしても、解るのはたぶん技能関連の事のみ」
見ただけで相手の名前を知る技能なんてものも広い世界には存在するかもしれないが、盗賊ギルドに所属してあの場に居たなら、この指示にも僕の名前が載っている筈だ。
「このメッセージが僕自身の手に渡る可能性を考慮して記載しなかったってことも可能性としてはあり得ますけど」
スラム地区に迷い込んできた人間一人に技能もちを引っ張り出すのも大げさな気がする。
「ただ、そういう意味でいうなら、単に本を投げて男一人をのしただけの僕に指示を出して複数の人間を動かすって言う時点で大げさすぎますし」
隙間から漏れる光を当てた紙からちらりと自身の身体へ視線を向ける。着ているのは、古着屋で購入した日雇い労働者がよく着ている衣服だ。
「羽振りが良い様には見えない筈。となると、ひょっとして、本?」
本を持っていたから学のある人間だと判断された、とかだろうか。思い出すのは、僕を働かないかと誘ってくれた飲食店の男性の言葉だ。
「『読み書き計算だけでも雇ってくれそうな場所はどこでもありそうなもの』つまり、そういう人間の需要は高い」
だが、僕がおぼえてる限り、日雇い労働者の中にも読み書きができず、冒険者ギルドのカウンターで係員に代筆を頼んでいる人間を何人も見ている。
「スラム地区でなくてもそういう人間はいる訳ですから」
ここの場合、読み書きのできない人間の比率は更に多いだろう。そんな足りない人材として僕に目を付けたのか、それとも。
「どちらにしても、あちらが引き込む気満々だということがわかれば」
今はそれだけでいい。これ以上の思考は無意味を通り越して有害だ。時間は限られているのだから。
「小さな紙で助かりました」
これなら、場所は取らない。まだ取り出せる。
「無茶だとはわかってます。無謀だとも」
だが、他に縋れない。意識を技能の使用に集中し、今度こそ成功すると言うつもりで、復元を開始する。
「紙」
本の様な厚みがないことから、そう判断する。ストレージにではなく直接取り出したのは、意識をストレージに向けて確認する手間さえもどかしかったから。
「これは‥‥借用証文。ああ、お金を返し終えて処分されたモノが」
おそらく僕の技能によって修復されてしまったのだろう。
「ゴミですね」
再利用されて借主が困るのも問題と言うより、役に立たないモノを引いてしまった苛立ちの八つ当たりで僕は証文を引きちぎる。
「わかってました。現実は英雄譚みたいなご都合主義なんてないことぐらい――」
だが、一度や二度の失敗で諦められない。
「次を」
取り出されたのは本だった。先程と逆で、やたら分厚く場所を取りそうなそれはもはや凶器にも見えるが。
「医学、書?」
無意識に僕が少女の体調を何とかしたいと思ったからだろうか。
「僕がこれを読み終わるより、日が沈む方が明らかに早い」
そして、僕に医学の知識や心得なんてほぼない。軽い応急手当ぐらいなら護身術の師に教わったが、それとこれとは話が別だ。
「くっ」
少しでも読むべきか、脇に置いてもう一度技能を使うか、迷った。
「こんな時まで、まごつくなんて」
理由は解っている。僕は臆病だから、間違った決断をすることが怖いのだ。
「なら――」
それはある意味で逃げだ。僕が技能で何を取り出せるかは熟練度によるところもあるが、運の要素も大きい。ハズレたら運が悪かったからと逃げ道が出来る。
「それでも、諦めた訳じゃありませんから」
立ち止まってはいない。何もせず時間を浪費するよりはいいと、自分に言い訳して、僕は技能を行使した。




