思い出し、取り出して
「あ」
考えに考えて、ふと思い出す。付与品を一つ復元していたことを。あれで暗殺を止められれば、その褒美としてこの少女の治療を望むことも出来るのではないかと。
「いや、駄目だ……駄目というか」
それにはいくつも条件を突破しないといけないが、まず今僕が居るこの場所が僕自身解っていない。首尾よく暗殺を防げたとして、助けてくれと願う少女がどこに居るのかを伝えられなければどうしようもない。スラム地区全体を探させた挙句、別の少女が間違って保護されることだってありうるだろう。
「それ以前に、そんなお願いをされて承諾するかですよね」
叶えようにも情報が不足してどうしようもなかったら、その気をなくすかもしれない。僕の技能について公爵に知られてしまうかもしれないというリスクの事を度外視して、これだ。
「けど」
思い出したからこそ、しなくてはいけないことがある。少女の寝床には明かりになりそうなモノはなく、僕も暗くなる前に帰るつもりでいたから、その手の品は持っていなかった。
「今なら隙間から漏れてくる外の光がありますが」
日が沈めば、暗くて文字など読めなくなる。あの付与品を今日使うつもりなら、今しかないのだ。
「大丈夫……」
とりあえず少女が眠っていることを確認し、自分の身体を目隠しとするように少女に背を向け、付与品を取り出す。
「え」
口から声が漏れた。驚きの声が。取り出された付与品をもったまま僕は固まる。季節のあいさつから始まる文章がつらつらと書き連ねられた手紙。内容は確かに僕に宛ててのものであり。
「ああ……」
じんわりと、理解と絶望がセットになって広がってゆく。僕の技能は失われた書を復元して取り出すモノ。そう、技能からすれば未使用の白紙の手紙が取り出せるはずがない。
「つまり、これは」
使用済み。あっさり見つかったと思った公爵暗殺阻止の手段にして、現状打破の為に最も頼りになると思われたそれは、いつもの紙屑と大差ない価値しか持たなかった。
「ピンポイントに文章を白紙にする技能の持ち主でもいれば、話は変わって来るんでしょうけど」
あいにくそんな技能の持ち主は知らないし、実家を追い出された今知っていても協力を仰ぐのは難しかったと思う。まして、今はスラム地区から脱出すら叶わずにいる。
「なら」
やることはもう一つしかない。宿の部屋と比べれば狭く、ストレージの空もほとんどない。ただの本が大量に出たら、置いておける場所はほぼないし、本の出所を追及されて技能もちとバレる危険性もある。
「怖い、怖いですけど……」
ここで何もせず諦めてしまうことも怖かった。
「どうか奇跡を……もう一度」
願いながら復元し、取り出す。
「駄目だ」
本、普通の本だった。だが、一冊なら売って空いたストレージの方に収納できる。
「急がないと」
もし仮に、本当に奇跡が起きても、真っ暗闇では書に関する付与品を使うのは難しいと思う。幸運に恵まれた上で、日が沈む前でなければ。厳しい条件だ。既に一冊分失敗している。
「ですけど、ですけど……」
僕はまだ技能が使える。終わりではない。
「奇跡を」
奇跡を、奇跡を、奇跡を。祈りながら二度目の復元に入る。
「っ」
取り出されたのは、紙だ。これも求めていたモノではない。
「盗賊、ギルド幹部シャロスからの……メッセージ?」
どうでもいいと流してしまわなかったのは、付属する説明を見てしまったから。
「これがあの時の人なら、何かの助けにな」
ためらわず取り出し、目を走らせて絶句する。僕が取り出したのは、ギルド構成員への指示書の様だったのだが。
「やっぱりですか」
通りに立って僕の行く手を遮ぎり、すれ違うようなら絡めと紙には書かれていたのだ。