翌日、ギルドにて
「おはようございます」
僕は職業あっせん所である冒険者ギルドの入り口をくぐると職員にあいさつしてから仕事の張り出された掲示板へ向かう。ここが冒険者ギルドと言う名で呼ばれる理由は、ここで職業をあっせんされた人の中でたまたま何らかの技能を得た人がギルドのお抱え人材として看板となり、厚遇される姿を見て「自分もああなりたい」と人生を全部ベットする若者が特定数は出るためらしい。勿論技能に覚醒するなんてレアケース中のレアケースであるのだが、だからこそ叶いもしない夢を追う人間の集う場所などと呼ばれているのだ。
「おはようございます、仕事を探しに来られたのですか?」
「はい、まぁ……僕一人でこなせる仕事があればいいんですけど」
利用者の中には技能とはいかなくても何らかの長所を持った者達が組んでパーティーを結成し、仕事を受ける場合もある。たとえば薬草医の見習いや助手経験者で薬草の知識がある人間と、元兵士で剣を扱える人間が組んで薬草の採取をほぼ専門で請け負うなどだ。この場合、採取と薬草探しを前者が引き受け、後者はその護衛を引き受ける。
「技能といかないまでもそれなりに経験があれば、拾ってくれる人はそれなりに居るんだよね」
仕事の中には最初からある程度の人数を要求してるモノもあり、その手の仕事はこの掲示板の前で頭数を集めるよりあらかじめ要求人数を満たしているパーティーが受ける方が手っ取り早いし、いつも一緒に居るメンツならば初めて会う顔同士でそりが合わずケンカになったなんてことも起こりにくい。だから、依頼主も最初から組んでる連中の方を歓迎するのだ。ただし、例外は存在した。
「何だよ、また貴族様ボッチじゃねーか」
もともとは書類なんかを書くための、だが実際はだいたい休憩用に使われている椅子に腰かけ小ばかにしたような独り言を言うのは、このあっせん所の常連であり、いくつかあるパーティーの一つのリーダを担っている男だ。
「リーダー、あれは元貴族様。元つけないで本物の耳にでも入ったら……」
「ああ、そうだったな。悪ィ悪ィ。しっかし、本当にアレだよなぁ」
メンバーに訂正されて、頭をかくとそのまま独り言とは言えないような声で何か言い始めるが、いつもの事だ。明日を迎えるためのわずかな金銭を求めたりするために時として命すらかけるこの施設の利用者から貴族はよく思われていないのだ。だから、貴族出身の僕にパーティーを組もうと声をかけてくれる者なんて存在しない。美味しい物を食べ、大した苦労もせず得た技能の上に胡坐をかいて面白おかしく暮らしているというのが彼らの認識なのだ。だからこそ、僕は今までもさんざん敵意を向けられ、嫌がらせも受けていた。こうして面と面と向かって嫌味を言ったり嘲る連中はまだマシな方だ。
「さてと」
無視している間にへそを曲げて掲示板へ行く道を塞がれてもめんどくさいので、僕はさっさと掲示板の前に向かう。
「まぁ、無いよな」
ざっと見回してみるが、そう都合よく件の公爵家が依頼主の仕事はなかった。成り上がり系の英雄譚なら、ご都合主義と言わんがばかりにここで公爵に接触する足がかり的なモノと遭遇するのだが、現実何てこんなものだ。
「はぁ」
かといって、公爵に警告を出せるようなコネも存在しない。現在の僕は他の利用者にも馬鹿にされ嫌われるギルドの一利用者にすぎない。そこの職員にとりなしを頼んでも門前払いされた上で、下手すればこのギルドへの出入り禁止を言い渡されることすらありうる。
「残るのは――」
それこそ公爵の屋敷を訪ね直接訴えるなんて方法だが、信じてもらえる保証もなく、そのくせ暗殺者に危険視されて命を狙われる可能性が高い。遠戚で有っても家を追い出された僕に元の家名は使えない。警告の文章を広げた紙屑に書込んで石に包んで投げ込んだとしても効果は怪しく、見つかれば石を投げ込んだ不届き者として処罰されかねない。
「帰るか」
もう一度ため息を吐いて掲示板に背を向けると周囲から爆笑が巻き起こる。ある意味いつもの事だ。僕は気にせず、ポケットに片手を突っ込んだまま、踵を返しギルドの入り口をくぐったのだった。