予定は予定であって
「ありがとうございました」
場所がわかっているとこんなにもサクサク行くのか、と思う。通りを進んでから二軒目の古本屋へ立ち寄り本をお金に換えるまでは本当にスムーズだった。この調子でなんて言うと予期せぬハプニングに巻き込まれそうな気がして、余計なことは考えず伸ばした紙屑の地図に視線を落としつつ、店を後にする。
「欲張らず、袋とかを購入して適当なところできり上げるのも良いかもしれませんよね」
飲食店の店主の誘いを断って本を売ったお金を使ってあの部屋での籠城をつづけるなら話は別だが、誘いを受けるなら給金で普通に生活する分には困らなくなるだろうし、出会いたくない相手に遭遇するかもしれないリスクを負ってまで古本屋めぐりをする必要があるかというと、首をかしげざるを得ない。
「状況が変わったんですよね」
出かける前は、日が落ちる前に本を出来るだけお金に変えてなんて考えていたが、あれは殆どのお店の場所もはっきりしなかったからだ。街に出てから探し見つけられる店の数なんてたかが知れていると見積もったからでもある。
「適度なところできり上げても、情報なしで探して見つけ、訪問できる古本屋の軒数の期待値より数が多いですから」
作業の為に宿を変えるとしても、求めるのは部屋のグレードの高さではなく、部屋の広さ。虫が巣食っていそうなベッドの安宿だったとしても、先生の餞別が手元にある以上、その辺りは無視できる。
「とりあえず、僕の見込みが甘いと言うかものごとを楽天的に見過ぎてるのは、さっき馬車でニアミスしかけたところで露呈しましたし」
貴族の出身由来の世間知らずで危機感の薄いところは、家を追い出されて安宿暮らしするようになっていやがおうにも矯正されたと思っていたのだが。
「護身術と生来の臆病さで、絡まれても何とか逃げ切れてたんですよね」
これまで大丈夫だったからと高をくくっていたところがあることは否定できない。
「『好事魔多し』って言いますし」
技能の熟練度上げにしても、困窮していたところへ降ってわいたようなうちで働かないかと言う打診にしても、僕に都合よすぎて違和感すら覚える程だ。こんな時こそ警戒しなければならない。
「となると、次はこっちの『あの連中とそこそこ遭遇しそうな位置にあるお店』はパスしてこっちのお店を目指すのが無難かな」
頭の中で地図に書かれた店の数と財布の残金、ここまでの二軒で売却によって得たお金を思い浮かべてみる。
「鞄まで買うなら予定にもう一、二軒は追加で回らないといけませんけど――」
危険と金銭を天秤にかけながら、視線を時折周囲へと巡らせる。とらぬ何とかの皮算用をしていて警戒すべき相手を見落としてばったり遭遇なんてことになったら目も当てられない。
「人通りが多いということは、結構な人が利用する道ってことでもありますからね」
あの連中が仕事帰りだとか次の仕事場への移動に歩いていても不思議はないのだ。帰路には早い時間帯の筈ではあるが、イレギュラーなんてどこでだってありうる。
「変装でもしてこれれば良かったんですけどね」
家庭教師の先生曰く、フードとか顔が隠れる「いかにも素性を隠したいです」といった格好は技能を見抜く技能持ちに確認してくれと自分からお願いしているモノだという。
「まぁ、在野に埋もれた技能持ちを探す人の立場なら、確認しておこうって思う気もわかりますけど」
そのせいで会いたくない相手から逃れる手段が使えないのは、本当に勘弁してほしい。
「とはいっても、愚痴った所でどうにもなりませんよね。さてと、気を取り直して――」
次の店ではどんな本を売ろうかと僕はストレージの中を確認し。
「はぇ?!」
思わず変な声が漏れた。一体どうしてどこで見落としたというのか。脳裏に浮かぶストレージ内に収納されたリストの中、ずらっと並ぶカテゴリの説明に一つ、混じっていたのだ。
「ふ、付与品?!」
そう、前に驚きをもたらした二つを凌駕する程にとんでもないモノが。