師の教え
「ふぅ」
とりあえず無事に馬車をやり過ごせたことに安堵しつつも気を緩めすぎていたかと、顔には出さず苦笑する。荒事系の仕事を優先して受けるようなギルド利用者が複数、気づかれていたら厄介なことになっていた可能性が高い。
「とは言うものの……」
護身術を叩き込まれた僕が厄介なことになると見るあの連中も戦闘系の技能持ちからすると軽く蹴散らせる雑魚でしかない。
「若、旦那様の言いつけで若には護身術を教えさせていただいてますがね、もし若が技能に目覚められたなら、武術の鍛錬よりも技能を鍛えることを優先してくだせぇ。戦闘技能もちってのははっきり言って人外だ。十年二十年血反吐を吐くような鍛錬を積んでも才能に恵まれてなきゃ最下級の戦闘技能持ちにも敵やしねぇ」
些少の戦闘訓練で腕っぷしを強くしても戦闘技能持ちからすれば誤差の範囲にしかならないというのが、僕の護身術の師匠の言であり。
「戦闘技能でなかったとしても、自分の技能を高めりゃ技能持ちとしての価値がモノを言いやす。強力な技能は引く手数多、ご自身の価値を使って交渉すりゃ、戦闘技能もちに力を借りることだって出来やさぁ。若には既に婚約者がいらっしゃいやすが、自身が戦闘技能を持たないからと戦闘技能もちを配偶者に望んで補ったお家もあちこちにありやす」
技能に価値があるなら、戦闘技能持ちの護衛を得ることは容易い。そう判断して師匠はアドバイスしてくれたのだろうが、僕もその時は自身に目覚める技能があんなヤバいモノだとは思っていなかった。自分の技能の価値で護衛を得るどころではない。技能書を条件付きとはいえ無限に使えるようになる技能と言うだけでも、下手すれば個人を巡って戦争が起きておかしくないレベルだ。
「だからこそ技能を見通す者には気をつけなきゃいけないんですけど」
呟いた僕の意識が過去に飛ぶ。
◆◇◆
家庭教師の先生から、強力な技能者にとって警戒すべき相手の事を聞き、恐怖した翌日。僕はもしそんな技能者になってしまったらどうすればいいかと先生に尋ねていた。
「そうですね。その人の置かれた状況にもよりますが、私がその技能者でかつ一般市民なら人の多い冒険者ギルドを利用します」
「冒険者ギルドに?」
「はい。冒険者ギルドを利用する人はギルドの看板になってるような人を除けば、だいたい技能を持ちません。目覚めたとしたなら看板利用者となりたいでしょうから、当人の方から技能に目覚めたとたいてい申告してきます。自己申告してきてくれるからわざわざ技能を見通す者がチェックするような手間をかける必要がないんですよ」
先生曰く、そもそも日雇い労働者は特定の仕事をせず色々な人と接する為、強力な技能持ちが身を隠すために利用するなんて普通は思わないのだそうだ。
「逆転の発想と言うやつですね。ちなみに技能を見通す技能にも欠点がありまして、視界内に沢山の人がいるようなところでは使えないらしいのですよ。視界に入るすべての人の技能を確認しようとして強い負荷がかかって当人が倒れてしまうのですね」
「先生、何故それほどお詳しいのですか? ひょっとしてお知り合いにその手の技能をもたれる方が?」
「いいえ、そうではありません」
あまりに有用なアドバイスだと思った僕が問うと、先生は頭を振って否定した。
「ただ、特定の病気を有しているかを見通す技能もちの友人が居ましてね。おそらく、系統的には同じだろうから欠点も同じであろうというところからの推測です」
「な、なるほど」
「しばらく顔を合わせていない友人なのですがね。家庭教師として私がお役御免になったら会いに行こうかとは思っていますよ」
◆◇◆
「詳しい話はそれ以上してくれませんでしたけど……」
先生は今は弟の家庭教師の筈。ご友人との再会は後二、三年は先だろう。
「まぁ、先生の事よりまず自分の事ですよね」
現実に戻ってきて自嘲した僕は、人の多い通りを流れに逆らわず進む。二軒目の店を目指して。