付与品
「ここは何のお店ですか?」
なんて問う必要もない。実家に居た時見たことのある品もあったが、ただの雑貨がこんな高級そうな布の上に並べてあるはずがなかった。
「付与品」
技能のおかげだろうか僕自身が修復できる系統の品については、大まかな効果などの情報が目にしただけで流れ込んできた。たとえば、少し奥の方に読めない様鎖で縛って台にも固定してある本は、技能書と言う。
『剣士の技能書:読むことで剣士の技能を習得する。一度読むと本自体が失われる。付与者:伝授師ゴズウェル』
流れ込んできた情報を紙に記載するとしたら、そんな感じだろうか。説明の通り、技能書とは読んだものに技能を授ける特殊な書物だ。技能のあるなしで人生がまるで変わるこの世界で、この手の本はとてつもなく価値があることは誰でもお分かりかと思うが、だからこそ希少でもある。
「技能書を作るには元の技能を所有している人物と技能自体を伝授するモノとして書物に封じる付与系の技能者、そして付与に耐えられる特殊な本を作成する技能者と最低でも三人の技能者が必要なんですよね」
その上で作成できる技能書は元の技能よりグレードの低い技能を伝授するモノになる。
「一応特定の技能者を複数名集めなければいけない上に、作れるのは劣化した技能を習得させるものだけれど、グレードが低いとはいえ逆に言うなら条件がそろえば技能者を量産できるってことなんですよね」
貴族が平民の上に君臨していられるのは、貴族の大半が技能持ちであるからでもある。そのパワーバランスを崩しかねない危険な技能者を国が放置しておくかというと、答えは否だ。世の中の常識をひっくり返しかねない程強力な技能を持った人間の存在を知れば、国が全力を挙げ、血眼になって追い、確保しようとする。
「確か」
付与者として名のあった人物もこの国に囲われ、ほぼ自由のない暮らしを余儀なくされている人物だと思う。確か、実家に居た頃、習ったのだ。強力過ぎる技能を持った場合どうなるかを。あるモノは国家に保護を願い出て、守られることと引き換えに死ぬまで国家の為に働かされ、あるモノは犯罪組織に捕まり前者より悲惨な一生を送らされ。
「ヴァルク様、こういった技能者にとって警戒すべきは、相手の技能を見通す技能を持つ者です。現在はダメダメでも将来大化けすることまで見抜いてしまう強力な技能を持つ者の存在も長い歴史の中で幾度となく確認されています。犯罪組織に捕まったというケースでは技能目当てで災難に遭うことを恐れ、当人は『全く技能を使っていなかった』そうですから、おそらくは将来性まで見通せる技能の持ち主が犯罪組織に居たのでしょう」
家庭教師の先生からこの話を聞いた僕はその日、一睡もできなかった。そして、この恐怖があったからこそ僕は技能の熟練度を上げていたのだ。僕の技能はヤバすぎるモノではあるが、真価を発揮できるようになれば、その強力さ故に自分の身を守ることも可能であると技能に目覚めた日に知ったから。
「何かお探しですか?」
「あ、ええと」
少々回想に浸り過ぎたらしい。声をかけてきた店員の声で僕は我に返るが、視界に入る品々の中で一番安い品でも僕が売った本の代金のだいたい300倍位。手が出るはずもない。
「欲しいモノがあって、値段だけでも確認できたらなって思ったんですが……出直します」
口から出まかせだが、もしここに欲しいモノが、公爵の暗殺を防げるモノがあったとしても今の僕には手が出ない。ただ、この店の中でもおそらくかなり高価な方に入るであろう技能書だが、僕の技能が充分育てば、僕はあの手の本が無限に使える。
「失ったものを修復して取り出すなら、使用して消失した技能書も修復して取り出せるってことですからね」
既に使用され失われている技能書である前提条件が付くが、三人技能者を集める必要もない。まったくふざけた技能だと思う。だからこそ、万が一に備えて身が守れる高みまで登らなければ、危うい。
「お邪魔しました」
恐縮した態で頭を下げて僕は付与品の店を出ると、馬車がもう影も形もないことを確認してから通りに戻ったのだった。