とんでもないモノ、そのいち
「はぁ」
眠れない。掃除を終え他にもいくつかの仕事を掛け持ちし、ここしばらく寝泊まりしている安宿に戻ってきた僕だったが、ベッドに転がって目を閉じても、眠気が僕の意識を夜の闇の中に引き込んでくれることはなかった。
「明日もいかないとな、冒険者ギルド」
仕事の無い人々の職業あっせん所であり、その中から技能に覚醒したなどで力を得た有力な人材を抱え看板として労働力を提供するのが、冒険者ギルドなのだが。
「冒険者ギルドの冒険者の部分って『明日のお抱え人材を夢見るとか人生投げ捨てて冒険しすぎじゃね?』って方の冒険者じゃないかって話なんですよね」
才能が開花してギルドの目玉商品になるなんてホンの一握りどころか半つまみ以下のごくごく少数、狭すぎる門だ。実情としては食い詰めた職なしの人間が明日を生きるために仕事を探しに来ているのが利用者の大半であり、一応僕もそちら側。
「恩義はあるけど、所属するにはこの技能ヤバすぎるから」
呟いて、今日も僕は技能を使う。と言っても、技能が許す範囲内で適当に書を復元して取り出すだけだ。
「今取り出せるのは、お金持ちが捨てたか失くした覚書とか、書としての価値がない書付だけだしなぁ」
使い続けてはいるのだが、有用になるまでには道は遠く、取り出した紙も汚れを拭うとか用を足した後にお尻を拭くぐらいしか使い道はなく。愚痴を言いつつも続けているのは、それでも熟練度を上げることにはなっているからだが。
「こう、たまにはなんかスゴイモノ出てきたりしないかな」
ポツリと零したのは、そんなモノ出てくるはずないと知っているからであり。
「『フロント公爵の暗殺指示書』かぁ。なるほど。『確認後速やかに処分せよ』ってなってるから僕の技能で修復できて、これ単体では金銭的な価値がないから今の熟練度で取り出せたと。うんうん、なるほどなるほど」
すぐさま後悔することになった僕の目はきっと全力で泳いでいたと思う。
「ちょ、おま」
本当にスゴイモノ出てきちゃったんですけど。
「そも、フロント公爵って、この辺りに大きな領地を持ってる有力貴族じゃ」
一応僕の家とは遠縁ではあるものの遠戚関係がそこはかとなくあった気もする。領地内での評判はそこそこ。名君と言うほどではないものの、領主がフロント公爵で良かったという声がちらほら聴かれるくらいではあり、所有技能も内政に関係したモノで戦闘向きではなかったが、それなりに腕の立つ技能持ちの護衛を何人か抱えても居たと思う。
「で、この情報を知った僕はどうすればいいんでしょうね」
正直関わりたくない。僕だって戦闘能力はほとんどない。貴族として護身術レベルで剣は仕込まれたが、戦闘向きの技能を持った相手には手も足も出ないだろう。
「うー、あぁ……」
それでも悩むのは、遠縁とは言え遠戚関係にある相手が狙われていること、そして公爵が暗殺された場合、この周辺の人々が被る被害だ。まず間違いなく領内は混乱する。それなりにうまくいっている領地運営だって先行きが怪しくなるだろう。
「っ」
モヤモヤするが、僕は臆病で無力だ。出来ることなんて、ほぼなかった。