街をゆき
「思わぬ収穫でしたね」
店の外でちらりと地図の書込まれた紙屑を見て、ひとり呟く。店の位置を尋ねた後、一軒一軒尋ねて一冊ずつ本を売ってゆくなど怪しいことこの上ないが、店の位置を知れたのは、本当に大きい。
「こっちの辺りは治安が良くなかったはずだから、こことここは諦めるとして――」
書き込まれたすべての店を回らずとも、目標金額には至れる。場所がわかったことで探す手間もない。近い店から順に回っていけば、予期せぬアクシデントに見舞われでもしなければ、日が落ちる前に宿には戻れるだろう。
「次は通りに戻ってしばらく進んだ先を……ああ、あそこの裏の!」
簡易な地図だが、自身の把握している道と照らし合わせると新しい発見もあり。
「この辺りにまた少し詳しくなったことを純粋に喜んでもいられないんですけど」
目的は、本を売って資金を得ることと、ストレージに入れられない紙屑を運び出すための袋を手に入れることだ。
「大き目の鞄を購入して、本を複数持ち歩けるようにするのもありと言えばありなんですけどね」
後日、古本屋を訪れまとまった量の本をお金に換えるとするならば。
「お店の場所を聞いてしまいましたし、やりづらくなりましたよね」
もし、やるとするなら、複数の店をめぐるのではなく、先ほど訪れた店か一度働いたお店のどちらかへ大量にということになるだろう。前者なら、店の場所を教えてもらったお礼にとでもすればいい。
「持ち込む名目は、『引越しで持って行けず処分することになった本の処分代行を頼まれた』とか、かな」
問題があるとしたら、処分の依頼主についてだ。依頼人は明かせないと伏せることも可能だが、古本屋だって素人ではない。引越しなどで大量の買取が見込めそうな程本を持ってる人物については、動向をチェックしてても不思議はない。
「僕が持ち込んだ前後で、『この街の大量に本を所持している人物かつ実際に引っ越した人物』が一人もいなかったとしたら?」
僕の売った本はどこから出てきたんだということになる。お店の場所を聞くのに危うい橋を渡っている。二度目の危険は冒したくないし、出来ない。
「ふぅ」
これからについて考えつつも道を歩く間、一応警戒もしていた。人気のない路地を独り言と一緒に踏破して通りに戻ってきた僕は安堵の息をつくと、地図に従い次の店を目指す。
「甘い果物、瑞々しい果物はいかが?」
「そこの道行く旦那様、よってらっしゃい見てらっしゃい。うちの薬は余所の行商とは効き目が違う――」
主要な通りの一つだけあって、歩いているだけで客寄せの声が耳に飛び込んで来るし、人に混じって馬車が通行することもある。
「噂をすれば何とやら、ですか」
口に出していったわけではないが、前方に視線を戻すと、こちらに向かってくる一台の馬車が目に入り。
「そう言えばあの時はお世話になりましたよね」
思い出すのは、タチの悪い日雇い労働者に絡まれた時の事だ。僕はとっさにとまっていた馬車に隠れて危機を脱したのだが、幌のかかった馬車は格好の隠れ場所だった。
「とは言うものの……」
馬車は移動するものだ。前にあったからとあてにすると、隠れようとするときに移動していて痛い目を見かねない。あてにするなら動かない建物やところどころに入り口のある下水道の方にするべきで。
「まぁ、臭い的にも後者は避け、っ」
僕は独り言の途中でとっさに近くの建物へ足を踏み入れた。近づいてきた馬車に見たのだ。出来れば避けたい冒険者ギルド利用者の顔を。
「あの馬車の護衛か何か、と言ったあたりですね、たぶん」
目が合ったわけではないし、こちらには気づいていないと思いたいが、よりによってなぜこのタイミングでとも思う。もちろん、もっとやり過ごせない状況で鉢合わせるとかよりははるかにマシなのだが。
「いらっしゃいませ」
「あ」
そのままなら愚痴をこぼしていそうだった僕を我に返らせたのは、奥からの声。顔を上げて視界に入ってきたのは高級そうな布の敷かれたテーブルに並ぶさまざまな品物だった。