古本屋にて
「ごめんください」
入り口に閉店の札がないことを確認して店の戸口をくぐった僕は、店の奥へ向かって声をかけた。お客が居ない時、古本屋ならば在庫の整理など作業をしていることが結構あるのだ。
「サボって本を読んでる店員とかもたまにいるらしいですけど」
少なくともギルドで仕事を受けて臨時の店員をやっていた時の僕はサボったことはない。偶に居るというのは、古本屋の店主に聞いた話だ。
「うん? ああ、客か」
ともあれ、僕の声は店の従業員か店主か、誰かに届いたらしい。物音がしたかと思えば薄暗い店内の奥からひょろりと痩せた人影が現れ。
「いらっしゃい。何を探してるね?」
「あ、いえ。今日は本を売りに来たんですけど」
投げてきた問いに頭を振って本を取り出したところで、奥から出てきた人物の姿があらわになる。痩せてた禿頭の老人で掃除中だったのか片手に叩きを持っていた。
「これなんですが、いくらで買い取っていただけますか?」
「ふむ、貴重な書という訳でもないが、これは専門書の類か」
「ええ」
僕は取り出した本をそのまま老人に付きだし、受け取って本をひっくり返し唸る老人の呟きに首肯を返す。技能で取り出した本のことはある程度解るのだ。内容を理解するという訳ではなく大まかにどういうモノかといったぐらいだが。それなりに便利なもので、背表紙の題名が外国語で書かれているモノでもこれは歴史書、これは薬草学の本と大きな分類がわかるので、こういう時に説明に困ったりもしない。
「知り合いにもう使わないからと譲ってもらって、『いつか役に立つことがあるかもしれない』と思ってとっておいたんですけど、どうにもその機会も来なさそうですし……この手の本は新品を買おうとすると高いと聞きましたから」
どこで聞いたかと言えば、当然以前腰を痛めた店員の代わりを務めた古本屋だ。僕の技能の関係上、後々役に立つのではと、作業の合間に雑談と言う形で色々なことを聞き出したのだが、その一つがさっそく役に立った。
「なるほどなるほど、その口ぶりからすると」
「ええ、ちょっとですが働かせていただいたことがありまして」
「だろうね。この本ならおそらくすぐ売れる。こちらからすると欲しい類の本だ。はぁ、同業者とまでは行かなくても門前の小僧となると、少々やりづらいね。うーん」
老人はしばらく唸ると、指を数本立ててこれぐらいでどうかねと言った。
「ええ、ではその額で」
想定より少し多いくらいの金額だったので、渋ることなく本を引き渡す。まだ一軒目と言うこともある。あまり時間をかけてはいられない。
「ところで、古本屋ってこの辺りはここ一軒だけなんですか?」
「いや、どうしてそんなことを聞くね?」
「実は、こんなところに古本屋があるなんて今日、そこの通りから見かけて初めて知りまして、他にも見落としてるお店があったりするのかな、って」
少々迷いはしたが、街の古本屋について知りたいなら有無も場所もわからない古本屋を探して回るより、古本屋自体に聞いた方が手っ取り早い。
「その本とは縁がありませんでしたけど、本自体は好きですし、欲しい本が出来て探し回ることになった時、この辺りのお店を把握してると順に回れますから」
出来るだけもっともらしい理由をでっち上げて、教えてもらえませんかと視線に込め僕は老人を見る。
「やれやれ、本が好きなのは私も同じでね。古本屋めぐりをしたいという気持ちはわかる。これは私の負けだね。口頭で大丈夫かね?」
「あ、でしたらこれに――」
諦念と一緒になって降参した老人に差し出したのは、宿にも廃棄するほどある紙屑の一つ広げて引き延ばしたそれに僕は地図を描いてくれるようお願いし。
「この辺りの店はだいたいこれですべてだ」
「ありがとうございます」
簡易な地図へとランクアップした元紙屑を受け取って、頭を下げるとすぐに地図へ目を落とす。
「あ」
「うん?」
「いえ、なんでもありません」
書き込まれた店の中に派遣された古本屋があった為つい声を上げてしまったが、すぐにヒラヒラ手を振る。
「地図、ありがとうございました。では僕はこれで」
想定以上の収穫だった。もう一度頭を下げた僕はこうして一軒目の古本屋を後にした。