懸念と街
「お金になる本をもっていると見なして、どこかで待ち伏せ。そして捕まえて本を奪おうとする……ああ、ああ、アイツとか、アイツあたりなら、やりそうですね」
普通にやらかしそうな輩の顔が浮かんでしまうのは、同じギルドに通っていると言う意味で少し複雑だが、それはそれ。
「些少の危険は覚悟しないと動けないとか、勘弁してほしいんですけど」
臆病者の僕にはつらい。
「はぁ」
けど、投げ出すのも怖くて、僕は宿を出た。最初に向かうのは、場所の分かっている唯一の古本屋だ。
「どうか店員さんの腰が無事でありますように」
ギルド利用者と出会いたくないエゴからの願いだが、店員さんが健在であることを願うものだから大目に見てもらいたいと思う。
「さてと、まずはあっちですね」
宿を出て、比較的人通りの多い通りを目的に向かう。場所がわかってはいるものの、近いという訳でもない件の古本屋へたどり着くには、途中まで冒険者ギルドと同じ方向にへ進む必要があった。
「この時間なら――」
早めに仕事を終えた利用者と鉢合わせになる可能性はあるものの、そちらはあまり考えなくてもいい。少しでも多く賃金を稼ぎたい日雇い労働者にとって短時間の労働はかけもちでも考えていなければうまみが少なく、単独で受けようなんて考える利用者がほとんどないのだ。何か訳ありで受けざるを得ない、たとえば僕の様に仕事が回ってこなくてやむを得ず受けるような人でもなければ、受けるのはかけもちの人間。
「複数かけもちなら終わった後次の仕事場へ向かうから、ギルドに向かうことはない。つまり僕と鉢合わせる可能性は低いとみて良い訳で」
まるで誰かに説明するかのような独り言で気を紛らわせているのは、僕が不安を抱え込んでいるからかもしれない。安全な宿を出てしまった以上、予期せぬ場所でばったりと、一番ありがたくないタイプの日雇い労働者と出くわすことだってあり得ないとは言い切れないのだ。
「素行が悪くて肉体労働のそれも人が嫌がる様なのしか受けられない連中、もともと荒っぽくてよく用心棒なんかを引き受けてる連中、それから――」
その手の連中を扇動し、舌先一つで巧みに操るタイプの労働者。直接出くわしたときに面倒くさいのは先に挙げた二者だが、長い目で見ると厄介なのは後者だ。出くわしただけならせいぜい嫌味を言うくらいだが。
「今考えるのはやめておいた方が良いですね。噂をすれば影って言いますし」
ネガティブな想像が嫌な現実を連れて来たら、笑い話にもならない。頭を振ると、余計なことを考えず、街の通りを進み。
「あ」
路地の向こうに見えたのは、本の書かれた看板のぶら下がる建物。古本屋でなく書店の可能性もあるが、偶然見つけた店だ、僕の記憶の中にはどちらだったかの情報はない。
「うーん」
確かめればいいだけではあるものの、知らない場所だというのと路地の細さが気にかかった。通りなれていない道は避けるべきと脳内で経験が警告し、古本屋なら寄る必要はあると打算が主張する。
「どの道幾つかまわらないといけないし」
ここで足を踏み出せなければ、知っている一店で資金稼ぎが終わりかねない。
「とりあえずどちらかだけでも確認しないと」
意を決して路地に進めば、油断なく人がいるかどうかを確認しつつ先ほど見た店の方へ。
「路地自体は狭いけど、明るいし、人もいないですね」
どうやらここは大丈夫そうだと胸をなでおろし、それでも油断することなく近づくと、件の店にぶら下がる看板もはっきり見えてくる。
「古本屋……書店じゃない」
もうためらう理由もない。僕の足は自然に早くなり、同時に荷物の中へとストレージに収めた中でも高価そうな本を取り出すのだった。