一つの成果
「『試練』……本当に存在したなんて」
貴族の間と言うよりも技能所有者間で噂される話があった。技能を成長させることのできる試練と言うモノが存在するのだと。ただし、説明は全くなく、条件を達成した時にのみクリアしたことを知らされるため、発見者も何がどうして試練を達成したのかが解からず、再現にも至れないため熟練度稼ぎのうまく行かない者がでっち上げた願望の産物なのではないかと言う者すらいたぐらいだ。
「だけど、これじゃ仕方ありませんね」
本当に達成したことと熟練度が上がったことだけを伝えられてそれだけだ。
「事前の行動とかで予想しようにも――」
僕がしたことと言えば、物は大切にしないとと口に出していったことと先生の餞別を壊してまで熟練度稼ぎをしようとは思わなかったことぐらいだ。
「これが条件だとするなら、他の人が全然至れてない理由にならないですよね」
ずるをしたり人としてやっちゃいけないと思ったことをしない、至極まっとうなことを言う。
「しいて言うなら『物は大切にしないと』が僕の技能にやや関係していることぐらいですけど」
条件を自身の技能に関係する言動に限定するとしても達成できる人はもっと多いだろう。
「となると、複合条件の上で技能か個人によって試練の内容が異なるとかそう言ったところでしょうね」
その上でたまたますべての条件を満たしたと考えれば、僕が数少ない達成者の一人となった理由として些少の説得力は持てると思う。
「結局のところ、ただのラッキー。さっきの飲食店のことを考えると、幸運が続くのはちょっと出来過ぎな気もしますが――」
食い逃げ犯の件はともかく、誰かに僕を操って試練を達成する様な行動をとらせることができるとは思えない。
「偶然重なった幸運。日頃の行いとか言える程僕の顔の皮は厚くありませんけど、この幸運に感謝して」
熟練稼ぎを続けよう。ストレージと試練達成で僕の熟練度稼ぎは大きく前進した。もちろん、まだ修復に失敗して取り出したモノが紙屑になることはあるがこれは仕方ない。
「熟練度上昇の一段階と言うのがどれほどのモノかはわからないけど、一段階は一段階ですよね」
自分の所持品だったという補正付きでまともな品を取り出せるようになった直後に一段階上昇したのだから、現在修復して取り出せるのは、補正なしでまともな品が取り出せるぐらいだと思われる。
「暗殺を防ぐなら、有用な付与品が幾つかは欲しいところです」
もう一段階先の熟練度へ至って、ようやく可能性が見えてくると言ったところか。
「結構先は遠いものの、前程絶望的じゃありませんし」
臆病で直接表に出る勇気のない僕にできるのは、これぐらいだ。
「そう、前進はしている。問題があるとしたら、これから修復して取り出す物品の方ですね」
呟いて目をやったのは、紙屑の山の頂と、参考書。これから紙屑の代わりに修復一回ごとに本が増えて行くとしたら、ストレージに収まり切らない分の本でこの部屋はすぐいっぱいになってしまう気がする。
「古本屋に持ち込むと出所を聞かれるでしょうし」
一つの店につき一、二冊なら大丈夫だろうが、すぐにこの街の古本屋を制覇してしまうことだろう。
「それはさておき、ひとまずは続きですね」
問題を脳内の棚に押し上げ僕は再び天井を見上げる。
「しかし、まともなモノを修復して取り出せるようになると、状況的に不謹慎かもしれませんけど、やはりワクワクしますよね」
次は何を取り出せるのか。天井を見上げたばかりの視線を効き手の右手に持ってゆき。
「ぶっ?!」
取り出した本をまた取り落とす。僕が取り出したのは全裸の女性が縄で縛られたいかがわしい本だったのだ。
よりによって取り出したのがエロ本と言う切なさ。