偽装の必要性
「あなた、そこでどうかしら?」
宿を探して歩く中、組んだ腕を引きつつミリティアが示したのは、僕が街で暮らしていた時より少しだけグレードが上と言った程度の宿だった。あなた呼びなのは、ここに来るまででミリティアがした一つの提案に由来する。
「旅の間、夫婦を装いましょう。追っ手へのカモフラージュになるし、宿代も節約しないといけないから部屋は一つにした方が良いでしょうけど、夫婦だったら一つの部屋でも不自然じゃないでしょ?」
そう言われて、若干のためらいもあったが、僕は結局折れることになった。
「そう言えば、技能書を盗んだ人間が逃亡したばかりだったんですよね」
最近と言うか、一週間も前のことでもないのに失念していたのは、その後で色々あったからだろうが、あの犯人を探す兵がこの町にも派遣されていたのだ。
「犯人は単独で盗んで街を出たんでしょ? だったらあの街から来たヴァルクが一人でいれば、兵士に声をかけられてもおかしくないと思うの」
だが、夫婦なら疑われないだろうという声を潜めたミリティアの話には説得力があり、兵に不審に思われることを避けたかった僕は申し出を受け入れ、今に至るという訳だ。
「けど、これって『駆け落ちした二人』を探す追っ手には手がかりになりませんかね」
「う゛っ……け、けれど、足の速い船でたどり着いたんだから、追手がここにたどり着けるのは、同じように船を使ったとしても、明日以降の筈よ」
その前に必要なモノをそろえてこの町を出るというのがミリティアの計画であり。
「町を出たら人気のない場所で変装するわ。私がお腹に詰め物をして妊婦になるかヴァルクが女装して、姉妹ってことにするかかしら」
「じょ、女装って」
「仕方ないでしょ、モノを詰めるのはお手軽だけど、既にあるモノは抑え込んで隠すにも限度があるんだから」
頬を染めつつミリティアは自身の豊かな胸に触れた。指が沈みこんで変形する柔らかな膨らみは、明らかに目の毒であり、ミリティアが男装するという選択肢が除外された理由でもある。
「まぁ、いずれにしてもカモフラージュは必須ですよね」
こんなところで怪しまれて捕まる訳にはいかない。ミリティアの示した宿に歩み寄りつつ、僕は一つ頷いたのだった。




