庭掃除の途中で
「はぁ、こう見えても僕、貴族の生まれなんですけどね」
掃除中の庭を囲む薄汚れた塀に向かって僕は呟いた。当然だが何の変哲もない民家の壁は返事なんてしてくれない。かき集めた落ち葉と雑草で作られた山もそう。と言うか、この場に居るのは僕だけだった。
「いや、そっちの方がいいか」
何故貴族生まれが平民の庭を掃除してるのと聞かれたら答えに詰まる。
「この世界には技能と呼ばれる特殊な能力が存在する。内容は様々で、先天性で生まれた時から所持している者も居れば、成長の過程で覚醒する者、長く厳しい修練の末に会得する者も居る。その中でも強力な技能を持つ者は国を築いたり、技能によって成り上がり国の重鎮となった」
技能について書かれたとある本の冒頭に合った文章だ。
「そんな国の運営に携わった者達は自身が技能の有用性を知っているからこそ、技能持ちの人材を求め研究し、一つの事実を見つけ出した」
先天性や成長過程で覚醒した技能持ち同士の子供には技能が発現しやすいということが発見されると大きな騒動になったらしい。遥か昔の事で当初は曾祖父すら生まれていない頃の話であったらしいが。
「結果として地位や名誉権力がある者は伴侶に技能所持者を選ぶようになり、貴族と呼ばれる身分の人間は半数が生まれた時、残る半数のほぼすべてが成長過程で技能に覚醒し、技能を持つようになった」
僕の場合は後者、しかも成人の数年前とかなり遅いタイミングでの覚醒となった。
「技能を得た時はホッとしたんだけどな」
僕の目は気づけば仰いだ空を突き抜けてここではないどこか遠くを見ていた。
◆◇◆
「ようやく技能を得たかと思ったら、ただの紙屑を出すだけの能力だと?!」
記憶の中の父は、怒り狂っていた。まぁ、ただでさえ覚醒が遅かったうえにその内容が何の役にも立たないゴミだなんて明かされたなら無理もない。だが、このときの僕は冷静かつ客観的に眺めてなどいられず、顔をこわばらせて父の剣幕に怯えるばかりだった。
「ですが父上」
なんて反論すら出てこない。報告すると決めたのは自分だったし、こうなることもわかっていたというのに。ただ、言い訳させてもらえるとしたら、得た技能がとんでもないものだったのだ。効果はとんでもなくヤバく、同時に現時点ではとても明かせない理由もあった。
『失書の主』
それが僕の覚醒した技能の名だ。効果は何らかの理由で失われた書を完全に技能所持者の支配下に置いた上で、完全修復し、取り出すことが出来るというモノ。技能が目覚めた時、この情報が頭に入ってきて、僕は思い切り顔をひきつらせた。この世にはいろんな意味で危険なため抹消された本が数多くある。だというのに、説明を読む限りその危険物をこの世に蘇らせることが可能な技能であるのだ、これは。
「ただし復元し取り出せるモノは技能所有者の技能熟練度により制限される」
と言う追加説明がなければ、の話だが。つまり、覚醒したての僕の状況ではそんなヤバい本を取り出すことなどとても出来ない。出来ないが、逆にこれ、延々と技能を使い続けていればやがて出来るようになってしまうのだ。
「こんな技能持ってるって知られたら――」
待っているのは、便利な道具として延々と技能を使わされる未来だけだ。直接身体能力や戦闘力が上昇する技能ではない、現時点で直接の抵抗は難しいし、抵抗手段を得る段階まで熟練度が育つ前に相手の命令に逆らえなくする技能なんかを使われてしまえばそこで詰む。
「もう貴様の顔など見たくもない、出ていけ!」
凶悪すぎる技能に怯え、打ち明けられるほど親も信用できなかった僕を待っていたのは、実家からの追放であった。