8話 襲撃
レイの馬車の前に移動した。
「ちょっと待っててくれ。すぐに金と商品を用意するからね」
そう言って、レイが馬車の中に入ろうとした時……
「た、大変だっ!」
さきほどの商人が、慌てた様子で駆けてきた。
尋常ではない様子に、レイは作業を一旦中止して、男に向き直る。
「どうしたんだい、騒がしいね」
「魔物だ! 魔物が現れたんだっ」
「魔物だって!?」
レイの表情が険しくなる。
見れば、他の商人たちも慌ただしく動いていた。
皆、一様に恐怖と動揺に囚われていた。
「まいったね、この辺りに魔物が出るなんて話、聞いてないのに……って、今更そんな愚痴をこぼしても仕方ないね。相手は!?」
「ゴブリンだ。ただ、群れを作っていて……50匹以上はいるらしい」
「なっ……」
ゴブリンは最低ランクの魔物で、1匹では大した脅威にはならない。
しかし、50となると話は別だ。
普通の人に止めることはできない。
作物を食い荒らすイナゴのように、ゴブリンの群れは、このキャラバンを蹂躙するだろう。
「どうしてこんなところに……!」
「水場を探していたヤツが、たまたま見つけたんだ。やつら、こっちに向かってきているらしい。確実に俺達を狙っている!」
「ああもうっ、魔王は倒されたっていう話なのに、なんでまだ魔物が残っているんだい……!」
さすがのレイも平静ではいられないらしい。
焦りの色を強く、表情を歪めていた。
……そんな彼女たちを見ながら、俺は考えていた。
ゴブリンが50匹いたとしても、俺なら問題なく対処できる。
伊達に、元勇者ではない。
ただ、問題は……
「……セツナ……」
大人たちの動揺が伝わったらしく、エステルは不安そうに俺にしがみついてきた。
エステルを誰かに預かってもらわないといけないのだけど、一人にしてしまうのは不安だ。
そもそも、俺から離れてくれるのだろうか?
今のエステルは、離れたくないというように、ぎゅうっと俺の服を掴んでいる。
とはいえ、人道的にも自分たちのためにも、キャラバンを見捨てるわけにはいかない。
どうにかして、エステルを説得しないと。
「エステル。いいか、よく聞いてくれ」
「ん」
「俺は、今から魔物を蹴散らしてこようと思う。その間、エステルは……そうだな。レイと一緒に待っていてくれないか?」
「え……?」
俺から離れるように言うと、エステルは泣きそうな声をこぼした。
それだけ、俺を頼りにしているのだろう。
そのことはうれしい……って、喜んでる場合じゃないだろ。
「魔物が来たら大変なことになるだろう? だから、倒してこないと。その間、エステルはレイと一緒に待っていてくれないか?」
「……やだ」
「頼むよ。危険だから、エステルを連れて行くわけにはいかないんだ」
「……やだ」
「すぐに終わらせてくるから。ほんのちょっと、離れるだけだから」
「……やだ」
まいった。
エステルは、どうしても俺を離してくれない。
「うぅ……」
その時、気がついた。
エステルの手が震えていた。
大人たちの動揺を目にして不安になっているだけじゃなくて……
魔物が現れたと聞いて、怯えていたらしい。
だから、俺と離れることを不安に思っていたのだ。
そんなことも気づかないなんて……
ホント、ダメだなあ、俺は。
「よし。なら、一緒にいくか」
「いい……の?」
「いいよ。というか、ごめん。一緒にいよう、って言ったばかりなのに、エステルを一人にしようとして」
「うう、ん……私は……」
「俺の背中に」
「……んっ」
エステルを背負い、片手でしっかりと支える。
やや動きづらいが……まあ、ゴブリンが相手なら問題はないだろう。
「エステル、しっかり掴まっているんだぞ? あと、目はつむっているように」
「んっ」
言われたとおりに、エステルがぎゅうっと抱きついてきた。
「よし。それじゃあ、いくか」
「セツナ? あんた、どこへ行く気だい? そっちはゴブリンが……」
俺に気がついて、レイが声をかけてきた。
そんなレイに、気軽な様子で返答する。
「ちょっくら、ゴブリンの群れを掃討してくる」
「え? なにを……」
「問題ないと思うが、念のために避難準備をしておいてくれ。じゃあ」
「ちょっ!?」
慌てるレイを置いて、俺はエステルを背負い、駆け出した。
――――――――――
「男たちは武器を持ちな! ないっていうなら、自分のところの商品を使うんだ!」
レイが仲間たちに向けて、叫ぶようにして言った。
「そ、そんなことを言われても……まさか、俺たちも戦うっていうのか?」
「客人が体張っているっていうのに、あたしたちが逃げるわけにはいかないだろう!?」
「し、しかし、俺たちはなんの力もない商人なんだぞ?」
「相手はゴブリンだ、武器と数さえあればなんとかなる!」
「そうかもしれないが……」
「お、おい……レイ」
他の商人がレイに声をかけた。
コイツも文句を口にするのだろうか?
レイは苛立ち混じりに振り返るが……
その商人は、なにか信じられないものを見ているような、そんな顔をしていた。
「どうしたんだい?」
「アレを……」
「アレ?」
レイは、商人が指差す方向に顔を向けた。
その方向に、ゴブリンの群れが見えた。
刃こぼれした剣や棍棒などを手に、蹂躙を開始するべく、耳障りな声をあげながらこちらへ進軍している。
その前に立ちはだかる影が一つ。
セツナだ。
セツナはエステルを背負いながら、器用に剣を抜いた。
さきほど、売ろうとしていた剣だ。
そして……その姿が消える。
「えっ」
否。
正確に言うと、目視できないほどに速く動いたのだ。
セツナは風のように駆けて……
一瞬の間に、先頭のゴブリンの首を跳ね飛ばした。
「ギギッ?」
先頭のゴブリンは、自分の首が飛んだことに気づかず、なにが起きたのかわからないというような顔をしていた。
それほどまでに、セツナの斬撃は速く鋭い。
遅れて……ようやく自分が死んだことを自覚したらしく、ゴブリンの体が倒れた。
「今……なにをしたんだ、アイツは……?」
「わからない……なにも、見えなかった……速すぎる」
商人のつぶやきに、レイは唖然として答えた。
各地を旅しているため、レイは色々な人を見てきた。
時に護衛を雇うため、力のある冒険者を見てきた。
彼ら、彼女らは……自分たちとは種族が違うのではないかと思うくらい、強い力を持っていた。
上級ランクの魔物を一撃で倒してしまう者もいた。
しかし、セツナはそれらの者とは次元が違う。
遥かな高みに位置していた。
その力を常人が計ることはできない。
ただただ、圧倒されるだけだ。
「こりゃ……とんでもない人を招いてしまったのかもしれないね」
気がつけば、この短時間の間で、ゴブリンの数は半分に減っていた。
全て、セツナの一撃で命を刈り取られていた。
残り半分も時間の問題だろう。
レイも、商人たちも。
危機に陥っていたことなんて忘れて、呆然と目の前で繰り広げられる戦いを眺めていた。
――――――――――
ゴブリンの群れを掃討して、レイのところへ戻った。
「ウソ……」
レイが唖然としていた。
他の商人たちも、似たような顔をしていた。
俺一人で……しかもエステルを背負いながら……ゴブリンの群れを掃討できるなんて、思ってもいなかったらしい。
驚きと……
それに、畏怖の感情が見えた。
その表情に、忌まわしい王の言葉を思い出した。
俺は強くなりすぎたから……人を越える力を身に着けたから……故に、恐ろしい。
「……」
苦い記憶が刺激される。
あの王の言葉は正しいということか……?
だとしたら、俺は……
「セツナ……?」
背負ったままのエステルが、もぞもぞと動いた。
はっと我に返り、地面に降ろしてやる。
すると、エステルは……
「セツナは……強い、ね……」
優しく笑い、そっと俺に寄り添う。
その瞳にあるのは信頼。
それと、温かさ。
「わっ」
なんだかたまらなくなり、自然とエステルを抱きしめていた。
「セツナ……?」
「あ、いや……悪い。なんか、つい反射的に」
「ううん……いい、よ」
エステルも抱きついてきた。
どことなくうれしそうだ。
人の温もりに飢えていたのかもしれない。
「……ふぅ」
そんな俺達を見て、レイが小さな吐息をこぼして、体の力を抜いた。
それから……頭を下げる。
「悪いね」
「え?」
「恩人に大して失礼な態度をとるなんて、ホント、申し訳ない! ほら、あんたたちも謝りな!」
「すまないな、兄ちゃん……つい驚いてしまって」
「悪かった。この通りだ、許してほしい」
次々と商人たちが頭を下げてくる。
レイに言われたから仕方なく謝っている、という感じはしない。
本心からの言葉のように思えた。
「セツナ」
再び、エステルがにっこりと笑う。
「よかった……ね」
その言葉で、俺は気がついた。
世界はくだらないもので、悪意に満ちていて、どうしようもないものだと……そう思っていた。
でも、それは間違いだった。
確かに、そういう一面はある。
でも、あくまでも一部にすぎないのだ。
こんなにも世界は温かい。
そのことをエステルが教えてくれた。
「……ありがとな、エステル」
「んぅ?」
俺の言葉に、エステルはきょとんとするのだった。
明日から12時に一度の更新になります。
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