6話 外の世界へ
森の中は鬱蒼と木々が生い茂っており、昼なのに夜のように暗かった。
エステルとはぐれないように、俺達は手を繋いで歩く。
そうして、30分ほど歩いただろうか?
やがて、森を抜けて……
「わぁ……!」
頭上を覆う草木がなくなり、代わりに青空が広がる。
まぶしい太陽の光が降り注いで、それを遮るように、手の平を目の辺りに寄せた。
一方のエステルは、太陽のまぶしさなんてその。
キラキラと目を輝かせて、青い空と白い雲を眺めている。
尻尾がせわしなく揺れていた。
ずっと森の中で育ってきたから、青空を見たことがないのだろう。
初めて見る青空に心を奪われているらしく、何度も何度も「わぁあああ」と、感激の声をあげていた。
「どうだ?」
「んぅ……?」
「これが外の世界だ」
「外の……世界……」
「あちこちを旅することになるから、色々と大変なこともあるかもしれないけど……でも、その分、良いこともある。例えば、目の前の景色のように……な」
「んっ」
エステルがにっこりと笑う。
その笑顔は、やっぱり、太陽にも負けていない。
エステルの笑顔を守りたいと、改めて思う。
「はぅ」
不意に風が吹いて、エステルがぶるぶると体を震わせた。
今までは森の中にいたから、風をまともに浴びることはなかった。
しかし、森の外に出れば遮るものがなくなり、風を受けることになる。
今は春なのだけど、まだまだ気温は低い。
太陽が真上に登る前となると、寒さを感じることもあるだろう。
「大丈夫か? 寒いか?」
「ううん……平気、だよ?」
強がっているのは一目瞭然だった。
俺はコートを脱いで、エステルに着せた。
「これ、セツナの……」
「俺はいいんだよ」
「でも……」
「ホントに、俺は大丈夫だから。色々あって……体を鍛えてるから、これくらいで風邪を引くことはない。それよりも、エステルが風邪を引く方が困る」
「あぅ……ごめんなさい」
「こういう時は謝らなくていいんだよ」
「……あり、がとう?」
「どういたしまして」
「……えへへ」
エステルが笑う。
俺も笑顔を返した。
「でも……着せておいてなんだけど、ものすごくサイズが合ってないな」
俺のために誂えたコートなので、サイズがまるで合っていない。
ダボダボで、手はコートの袖の中にすっぽりと隠れてしまっている。
おまけに……ずっと着ていたせいか、かなり汚れている。
あと、ちょっと臭う。
果たして、こんなものをエステルに着せていいのだろうか?
「まいったな……せめて、あの村で服くらいは調達しておくべきだったか?」
「ん……私、これがいいな」
「でも、汚いだろ? サイズも合ってないし……」
「ううん……これがいい」
エステルはうれしそうにして、コートをスリスリした。
その言葉に嘘はないというように、猫耳がひょこひょこと動いている。
本当にうれしいみたいだ。
不思議だな……普通の子供なら、絶対に嫌がると思うんだが。
うーん、子育てって謎だ。
でも、俺のコートで喜んでくれるのは、正直うれしい。
汚いからやっ! って言われたりしたら、ショックを受けたかもしれない。
というか、立ち直れないかもしれない。
お願いだから、反抗期なんて訪れないでくれよ?
「まあ、エステルが良いっていうなら、それでいいか」
「んっ」
「それじゃあ、行こうか?」
「えっと……」
エステルがちらちらと俺の手と顔を交互に見た。
俺の手になにが……
って……ああ、そういうことか。
「ほら」
エステルに手を差し出した。
もう森の外に出たのだから手を繋ぐ必要はない。
見晴らしのいい草原だ。
よほどのことはない限り、はぐれることはないのだけど……
でも、エステルは手を繋ぎたいのだろう。
手を繋ぐことで、温もりを求めているのかもしれない。
「……いいの?」
どこか遠慮が残っているらしく、エステルは迷うようにこちらを見上げた。
なので、俺がエステルの手を握ることにした。
「あっ……」
「ほら、行くぞ」
「……んっ!」
エステルはうれしそうにして、手を繋ぎ返してきた。
太陽の光を浴びて……
自然の香りがする風を体に受けて……
エステルと一緒に歩みを進める。
そして、10分ほどが経過して……
「はぁ……ふぅ……」
エステルの顔に疲労の色が浮かんできた。
「疲れたのか?」
「ううん……そんなこと、ないよ……」
「本当か? そうは見えないんだけど……」
「うっ……」
気まずそうな顔をして、エステルは目を逸らした。
「無理しないで、本当のことを教えてくれないか? 疲れたんだろう?」
「……ん」
エステルが小さく頷いた。
どうして、素直に言ってくれないのだろう?
我慢しているのか、迷惑をかけたくないと思っているのか……
って、待てよ?
そもそも、エステルが疲れたのは俺のせいじゃないのか?
手を繋いで一緒に歩いているから、エステルは、自然と俺の歩幅に合わせることになるわけで……
森の中を歩いていた時は、歩きにくい場所だったから俺もペースが落ちていた。
でも、今は……
「ああもうっ」
「っ!?」
「あっ、いや。ちがうちがう、怒ったわけじゃないからな? なんていうか、自分に呆れていたんだ?」
「あきれ……うぅ?」
「エステルは気にすることないからな。大丈夫だ」
エステルの頭を優しく撫でてやる。
最初は不安そうにしていたけれど……
ややあって落ち着きを取り戻したらしく、尻尾をゆらりゆらりと揺らした。
ダメだな、俺は……
俺は大人で、エステルは小さな子供。
その違いをもっと意識して、気を遣ってやらないといけない。
「ほら」
俺はしゃがんで、エステルに背中を向けた。
その意味がわからないらしく、エステルはこてんと小首を傾げる。
「おんぶするよ。乗ってくれ」
「え……でも……迷惑、かけるから……」
「気にしないから。それに、エステルを一人背負うくらい、俺にとってはなんてことないさ」
「でも……」
「んー……えっとだな、つまり……」
考えろ。
考えるんだ、俺。
エステルが遠慮しないような言い訳は……
「あっ……俺、トレーニングとかしているんだけど、最近、サボり気味でさ。なまっているんだよな。だから、エステルを背負うことで、ちょうど良いトレーニングになるんだよ」
「……ん、わかった」
ようやく納得してくれたらしく、エステルは俺の背中に乗った。
ふう……おんぶをするだけで、これだけ苦労してしまうのか。
これから先、大変そうだな。
(それにしても……)
軽いな。
エステルの体は、まるで羽のように軽い。
でも、しっかりとした重さを感じることもあって……
エステルがここにいる、と感じさせてくれる。
(俺が守らないとな)
強く、そう思った。
「今日は……どこまで、行くの……?」
「んー……そうだなあ」
シリドの村は、アルドミア帝国の南端に位置すると聞いた。
頭の中で地図を広げて、大体の位置を予想して……
東クリモアまでは、歩いて一週間ほどと判断する。
男の一人旅なら、大して気にすることはないんだけど……
小さな子供……しかも女の子が一緒となると、色々と考えてしまう。
(食べ物は獣を狩ればいいが、ずっと肉っていうのはどうなんだ? あと、服と靴を調達したいな……それに、体の汚れもなんとかしたいところだよな。俺はともかく、エステルは女の子なんだ。さすがに、汚れたままっていうのはイヤだろうし……ああもう、やることは山積みなのに、どうやって解決すればいいかわからない……エステルを受け入れてくれるような村でもあればいいんだが……)
あれこれと考えながら歩いていると、ガラガラと馬車の音が聞こえてきた。
「セツナ……あれ」
「ああ、見えているよ」
エステルが指差す先に、複数の馬車が見えた。
荷台が大きく、色々な荷物が乗せられている。
「なん、だろう……?」
「たぶん、キャラバンだろうな」
「キャラ……?」
「様々な商人達が一緒に行動している……と思ってくれればいいさ」
向こうもこちらに気がついたらしく、馬車が足を止めた。
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