4話 因果応報
旅立ちは翌日にした。
すでに日が暮れかけていたのと、ある程度、準備をしておかなければいけないからだ。
なにしろ、エステルは靴さえないからな……どうにかして調達しないといけない。
……それに、まだ、やらなければいけないこともあるからな。
「ふわぁ♪」
俺が狩ってきた猪の肉を食べて、エステルは目をキラキラと輝かせた。
調味料の類は持っていないので、下処理をして、魔法で焼いただけのものなのだけど……
それでも、エステルにとってはごちそうらしい。
喉をつまらせるような勢いで、パクパクと食べていた。
「そんなに慌てなくても、肉は逃げないぞ?」
「でも、お肉、すごい久しぶりだから……んっ、うぐ!?」
「言わんこっちゃない。ほら、水だ」
「んっ……んっ……んっ……はふぅ」
水を飲んで一息ついたかと思えば、
「はぐはぐはぐっ!!!」
再び、エステルは肉にかぶりついた。
尻尾がうれしそうに、ひょこひょこ揺れている。
こうやって喜ぶエステルを見ていると、胸が温かくなる。
これが庇護欲、というやつだろうか?
今までは、戦うことばかりだったからな……
こうして、誰かを養うなんてことは初めてだ。
うまくやれるのか? という不安はあるものの……でも、一喜一憂するエステルを見ていると、不思議とがんばるという気持ちになれる。
俺も肉を食べて、水を飲む。
そうやって、ある程度、栄養を取り込んだところで立ち上がる。
「セツナ……?」
「ちょっと出かけてくるから、エステルはここで待っててくれ。なんだったら、先に寝ててもいいから」
そう言って、小屋を後にしようとして……
ぎゅ。
服の端を掴まれた。
見ると、エステルが不安そうな顔でこちらを見上げている。
「帰って……くるよね?」
「もちろん」
エステルを安心させるように、頭を撫でてやる。
猫耳がぴょこぴょこと動いた。
「んー」
エステルは気持ちよさそうに目を細めていた。
撫でられるのが好きなのかもしれない。
なんていうか……
かわいいな。
親の気分というか、庇護欲をそそられる。
「エステルを一人になんてしないさ。約束だ。ちゃんと帰ってくるよ。そうだな……1~2時間くらいで戻ってくると思う」
「うん……待って、いるね?」
「じゃあ、行ってくる」
「いって……らっしゃい」
エステルに見送られて、俺は小屋を後にした。
――――――――――
アルドミア帝国の遥か南方……イングリーズ王国との国境付近に、シリドの村はある。
国境付近に位置しているが、立地条件が悪く、戦略的な価値は低い。
そのため人が立ち寄ることもなく……結果、村は寂れてしまう。
そのことで、シリドの村人達は結束を固めた。
村を守るため、存続するため、互いが互いを助け合うようになった。
しかし、同時に他者を拒む、排他的な集団に変貌していった。
旅人が来ても家に泊めることはなく。
他所からの移住者を受け入れることもなく。
ただただ、自分達の目に見える範囲だけのものを守ってきた。
その結果……
魔族というエステルは、『異物』と認識されて、排除されるようになった。
いつか牙を剥くかもしれない。
災いが降り掛かってくるかもしれない。
そんな根拠のない恐れを抱いて、エステルを村の外へ追いやり……
それだけに飽き足らず、迫害を始めた。
相手が小さい子供であるとか、天涯孤独の存在であるとか、そういうことは関係ない。
シリドの村人達は、自分達さえよければ、他はどうでもいいのだ。
そして……
『他』に認定されたエステルは、ついに、排除されることになった。
全会一致で決定された。
しかし、直接手を下せるような度胸を持った者はいない。
そこで、呪いをかけるという手段が用いられることになった。
以前、村を訪れた旅の商人が、一晩の宿の対価として、色々な道具を村人達に提供したのだ。
その中に、相手に呪いをかけるというアイテムが存在した。
村の唯一の冒険者である大男……バラッゾは、それが呪いをかけることができるというアイテムであることを、偶然、知識として蓄えていて……
誰も反対することなく、エステルに呪いがかけられた。
「ちっ、おもしろくねえな」
村に唯一ある酒場で、バラッゾは酒を飲みながら愚痴をこぼしていた。
「あの魔族のガキ、まだ生きていたなんてな」
「まったくじゃな……そろそろ死んでいるかと思ったのじゃが」
同席している村長が相槌を打つ。
それは、バラッゾと一緒にエステルの小屋を尋ねた初老の男だった。
「まあ、あと少しというところじゃろう。もう一ヶ月は経つからな。バラッゾが見た本の通りなら、あの呪いをかけられて生き延びたものはいないのじゃろう?」
「ああ、そうだな。確実にやれるって話だ」
「なら、待つことにしよう。なに、あと少しじゃ。それで、異物が排除できる。そうすれば、我が村は安泰じゃ」
「けっ、どうせなら、俺がやってやろうか? あんなガキ、一発でしとめられるぜ」
本当はそんな度胸はないのだけど……
酒が入っていることで、バラッゾは気が大きくなっていた。
その場で、剣を振る仕草をしてみせる。
そんなバラッゾを見て、他の客達は歓声をあげた。
さすがバラッゾだ。
頼もしい。
あの化物をなんとかしてくれ。
子供を殺すというバラッゾを非難するわけでもなく、止めるわけでもなく……称賛する。
誰も疑問に思うことはない。
誰もが皆、他者を受け入れようとしていないのだから。
全てが、村の中で完結している。
これこそが、シリドという村の姿だった。
あまりにもおぞましい。
その実態を目の当たりにしたセツナは、吐き気を覚えた。
カランッ、と酒場の入り口に設置されたベルが鳴る。
数人の客が振り向いて、顔をしかめた。
セツナがボロボロの格好をしていたから……というのもあるが、それだけではない。
セツナの顔に見覚えがないからだ。
余所者がやってきた。
それは、この村では嫌悪に値することだった。
バラッゾがセツナに気がついて、彼のところへ歩み寄る。
「あぁん……なんだ、てめえは。よく見れば、あのガキのところにいた余所者じゃねえか。なんの用だ? 酒でも飲みたいのか? あいにく、ここは余所者に出す酒なんかねえんだよ。失せな」
「ぎゃはははははっ」
バラッゾに胸を押されて、セツナが軽くよろめいた。
そんな様子を見て、周囲の村人達が下品に笑う。
村長もバラッゾを止めることなく、仕方ない、という感じでスルーしていた。
「それともなんだ。あのガキじゃ満足できなくて、女を探しに来たのか? やめとけやめとけ。お前なんかになびくヤツはいねえよ。お前にはあのガキがお似合いだ。かわいがってやれよ、ぎゃはははははっ」
「……ゴミが笑うな」
「あ?」
ゴミ呼ばわりされたバラッゾは、途端に笑みを消して、凶悪な表情を浮かべる。
子供が見たら、すぐに泣き出してしまいそうな凶相だ。
しかし、相手が悪い。
セツナはそれくらいでは、欠片も動揺することはない。
逆に、怒りが増していくだけだ。
「お前が……いや、違うな。お前達全員の意思で、エステルに呪いをかけた。間違いないな?」
「あぁん? エステル? ……ああ、あの魔族のガキのことか。なかなか死なねえんだよな……ちっ、しぶといガキだぜ。で……それがどうした?」
バラッゾが、自分は正しいことをしているというように、なんら恥じることなくおぞましい言葉を並べて……
周囲の村人達も、村長も、当たり前のように頷いていた。
それが、彼らにとっての『正義』なのだ。
「なるほど、よくわかった」
「あぁん?」
「お前ら全員、ゴミだな。いや、それだとゴミに失礼か。ゴミ以下の屑だ」
「てめぇ……死んだぞ、こら」
バラッゾが殺気立ち、丸太のように太い腕で、セツナの顔面を殴りつけた。
クリーンヒット。
まともに拳が直撃する。
バラッゾはにやりと笑うが……すぐに、その顔が引きつる。
「今、なにかしたか?」
「なっ……!?」
改心の一撃がヒットしたはずなのに、セツナは何事もないようにその場に立っていた。
倒れるどころか、体勢を崩すことすらない。
「て、てめえ!? いったいなにをぐぎゃっ!!!?」
セツナが拳を振るい……
重力が真横に変換されたかのように、バラッゾの巨体が吹き飛んだ。
壁を突き破り、店の奥にまで飛ばされていく。
にやにやと笑っていた周囲の村人達が、顔を蒼白にして静まりかえる。
なにが起きたのか、まるで理解できない。
理解できないが……目の前にいる男は化物だ。
それだけはかろうじて理解することができた。
誰もが動けない中、セツナは村長のところへ歩み寄る。
そして……
その胸ぐらを掴み、宙に持ち上げた。
「ぐっ……あああ!? な、なにをするんじゃ……くそっ、このようなことをして、タダで済むと思っているのか!?」
「それは俺のセリフだ。今までエステルにひどいことをしてきて、タダで済むと思っているのか? 子供にあんなことをして……それが正義だと、いつまでも笑っていられると思っていたのか? 報いを受けると考えたことはないのか!? 他人にしたことは、いつか自分に返ってくるんだ、そんなこともわからないのか、お前達は!?」
「ひぃっ!?」
セツナが殺気を放つ。
間近で殺気を浴びせられた村長は、生きた心地がしなかった。
吠えていたのが嘘みたいに、ガクガクと全身を震わせて、涙を浮かべる。
そんな村長に、セツナは顔を近づけて、強い口調で言い放つ。
「いいか? 正直なことを言うと、俺は、お前達全員、殴り倒してやりたい。そこの男にやったように、おもいきり殴りつけてやりたい」
「ひっ、ひぃ……!?」
「でも、それはやめておく。別に、慈悲をかけるわけじゃない。お前達は、殴る価値すらない屑だからだ。ただ……一つだけ、言っておくぞ? 二度と、ふざけたまねをするな。俺達はここを出ていくが……お前達は、他の人に、また同じことをするかもしれないからな。だから……覚えておけ。エステルにしたようなことを、また繰り返すようなら……その時は、また戻ってくるぞ」
そこまで言って、セツナは村長を放り捨てた。
村長は尻もちをついて……床が液体で濡れていく。
どうやら失禁したらしい。
誰もが動けない中……
セツナはつまらないものを見るような目で店内を見回した後、静かに酒場を後にした。
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマや評価をしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!