35話 災厄
「うわあああああっ!!!?」
悲鳴が聞こえてきた。
一人、二人、三人……
連鎖するように、あちらこちらから悲鳴が上がる。
「な、なに……?」
突然の事態に、エステルはおろおろすることしかできない。
それでも、なにが起きているのか知りたい、という好奇心には敵わない。
そっと、窓から外を見た。
「ぎゃあああっ!?」
街中に魔物があふれていた。
そして、たった今、魔物に襲われて一人の男が倒れた。
「っ!?」
凄惨な光景に、エステルはびくんと体を震わせて驚いた。
その拍子に、テーブルの上に乗っていたグラスを落としてしまう。
ガシャンと大きな音が響いて……
その音に反応して、魔物がエステルの方を見た。
「あ、あ……」
事情をよく知らない人は、魔族と魔物を同一に扱う。
仲間なのだろうと蔑む。
しかし、実際はそんなことはない。
魔族であろうとなかろうと、そんなことは関係ない。
魔物は等しく死を与えてくる。
「グルァ!」
エステルという獲物を見つけた魔物は、驚異の跳躍力で、エステルに飛びかかろうとした。
その迫力に、エステルは思わず身を丸めて、目をつむってしまう。
ここにはセツナはいない。
もうダメだ!
「ギャンッ!?」
突然、魔物が弾き飛ばされた。
バチバチっと電流のようなものが部屋の周囲に流れて……
巨人に殴られたかのような勢いで、魔物が遥か向こうに飛んでいく。
セツナが展開した結界の効果だ。
並の魔物では、この結界を突破することはできない。
並どころか、かつて人々に恐怖を与えた、魔王軍四天王だとしても、この結界には苦戦するだろう。
それほどまでに強力な結界が張られていたのだ。
その中にいるエステルとシロには、何者も危害を加えることはできない。
「……あれ?」
しばらくして、恐る恐る目を開けたエステルは、何事も起きていないことで、不思議そうな顔をした。
どれほどすごい結界が展開されているのかなど知らず、きょとんとするだけだ。
ほどなくして、この部屋にいれば安全というセツナの言葉を思い出した。
セツナがなにかしてくれたのだろう、ということは理解できた。
ただ、それでもこの状況に安心できない。
「っ!」
エステルはベッドに潜り込み、布団を頭からかぶり丸くなった。
この部屋が安全だということはわかっていても、それでも、心の底から安心することはできない。
怖い。
怖い。
怖い。
「おとうさん、おとうさん……! うぅ……おとうさん!!!」
「ピィ!」
ベッドで震えるエステルを慰めるように、シロが力強く鳴いた。
そのおかげで、エステルは多少、心を持ち直すことができた。
セツナはこの部屋にいれば安全と言っていた。
セツナが言うのだから、絶対的に信頼できる。
それに、一人じゃない。
シロが一緒にいる。
「大丈夫……うん、大丈夫だよ」
エステルは自分に言い聞かせるように言う。
少しだけ恐怖が消えた。
これだけの騒ぎだ。
セツナもすぐに戻ってきてくれるだろう。
セツナが戻ってきたら、うんと甘えよう。
困らせてしまうかもしれないが、我慢できないのだ。
力いっぱい、ぎゅうっと抱きついて、全身で甘えよう。
エステルはそんなことを考えて……
次いで、フィンのことを考えた。
「フィンちゃん……大丈夫、かな……?」
なぜかわからないが、街中に魔物があふれている。
エステルは、この部屋にいる限り安全だ。
しかし、フィンは?
他の人は?
一度気になると、もう止まらない。
初めてできたかもしれない友だちのことが気になって気になって仕方がない。
「……フィンちゃん……」
エステルはベッドから出て、部屋の入口に向かう。
震える手で扉のノブを掴む。
この部屋にいれば安全だ。
恐ろしい状況になっている外になんて出たくない。
怖い。
でも……
きっと、フィンも怖いと思っているはずだ。
助けを求めているかもしれない。
この部屋に連れてくれば、フィンを助けることができる。
今、セツナはいない。
だから、自分だけが頼りなのだ。
「んっ!」
フィンのために。
エステルは勇気を振り絞り、扉を開けた。
――――――――――
「これは……」
悪魔の根城と思われる洞窟にたどり着いた。
しかし、魔物の一匹も見当たらない。
悪魔らしき気配も感じられない。
逃げ出した……ということはないだろう。
魔物はそんな臆病な性格はしていない。
街を一つ相手にして、脅すようなヤツだ。
もっと大胆な行動に出るのが当たり前で……
「まさか」
とある可能性を思いついて、冷や汗が流れた。
間違いであってほしいと願うが……
そう考えると、色々と辻褄が合う。
魔物は生贄なんて求めていなかった。
東クリモアを自分のものにすることを最初から考えていたのではないか?
生贄を差し出せといったのは、相手を揺さぶり、動揺を与えるため。
その間に進軍の準備を進めて……
そして今日。
全ての準備が調い、東クリモアに進軍を開始した。
ちょうど、俺と入れ違いになる形で……
「くそっ……アクセス・シルフ!」
すぐに街へ引き返した。
俺の勘違いであってほしい。
そう祈りながら、全力で飛ばすものの……
彼方に黒煙が見えた。




