34話 いざ敵陣へ
兵士に聞いたところ、悪魔が住処にしている洞窟まで、歩いて半日ほどだという。
できるだけ早く片付けて、急いでエステルのところに戻りたい。
なので、魔法を使うことにした。
「アクセス・シルフ」
風を身にまとわせて、その力で低空飛行する。
かなりの速度が出るので、一時間ほどで目的地に着くだろう。
普段の旅も、この魔法を使えればいいのだけど……
あいにく、これは一人専用だ。
二人で使用できたとしても、高速で移動するなんて、下手したら危ない。
途中で落ちたりしたら怪我をしてしまうし、エステルをそんな目に遭わせるわけにはいかないので却下だ。
あと……
個人的な思いになるが、ゆっくりと歩く旅というものは、それはそれで悪くないと思うのだ。
景色を見ながら、一歩一歩、自分の足で世界を見て回る。
そうすることで、新しい発見があるように思う。
実際に、そうしなければシロと出会うことはなかっただろうからな。
「魔物が多いな」
敵地に近づくにつれて、魔物の数がちらほらと増えてきた。
例の悪魔が、防御のための陣地を構築しているのだろうか?
雑魚を相手にしていたらキリがない。
軽く迂回をして、魔物は無視する。
時折、兵士からもらった地図を見て、進路を調整。
魔物を避けながら、敵陣の奥深くへ潜り込んでいくのだけど……
「思っていたよりも抵抗がないな……?」
強大な力を持ち、街を脅かすほどの無数の魔物を従えている。
そんなヤツを相手にするのだから、さぞかし苛烈な抵抗が待っているのではないか、と思っていた。
しかし、実際はそんなことはない。
悪魔の住処という洞窟まで、だいぶ近くのところまで来たのだけど、抵抗らしい抵抗を受けていない。
魔物はちらほらと見かけるが、全て野良だろう。
統率がとれた動きをしていないので、悪魔の部下ではないはずだ。
「イヤな予感がするな……」
想定外の展開に、焦燥感にも似た感覚に襲われる。
なにか大きな間違いをしているような……そんな不安。
エステルとシロが心配だ。
できることなら、今すぐに引き返したいが……
それでは、事態を解決することはできない。
友だちを助けたいというエステルの願いを叶えることはできない。
湧き上がるイヤな予感を押さえ込みつつ、俺は洞窟に向かって翔んだ。
――――――――――
「ん~」
エステルは宿の部屋で一人、じっとしていた。
退屈そうな感じで、尻尾がふらふらと揺れている。
本当は外に出たい。
人は怖いけれど、でも、フィンのところに行きたい。
フィンと一緒に遊びたいと思う。
でも、この部屋を出ないように、とセツナを約束をした。
退屈ではあるものの、約束を破るわけにはいかない。
約束を破る子は、悪い子だ。
悪い子になったら……
「ぶるぶるっ」
イヤな考えが思い浮かび、エステルはそれを振り払うように頭を振った。
「ピィ?」
シロが不思議そうな顔をして、エステルの頭に乗っかる。
そのまま顔を伸ばして、チロチロと小さな舌でエステルの顔を舐める。
「あはは、くすぐったいよ、シロ」
「ピィ~♪」
エステルの顔に笑顔が戻る。
それを見たシロは、自分の仕事は終わりというように、なにかをやり遂げたような顔をして、エステルの頭の上に座る。
どうやら、シロなりにエステルを元気づけようとしたみたいだ。
そんなシロの気持ちがうれしく、エステルはにっこり笑顔になる。
「シロ、シロ。一緒に遊ぼう?」
「ピィ!」
エステルはシロを膝の上におろした。
一人で退屈だと思っていたけれど、そんなことはない。
シロがいるではないか。
シロと一緒に遊んでいれば、二日なんてあっという間にすぎる。
エステルはそう考えて、寂しさを忘れた。
「シロ、なにをして遊ぼうか? お部屋の中だけだから……うーん、おままごと?」
「ピィ?」
シロは子供ではあるが、ドラゴンだ。
知能は高く、優れた行動をとる。
が、いくらなんでもおままごとを理解できるわけがない。
主の言うことがわからず、シロは困ったように首を傾げた。
「おままごとだよ、シロ」
「ぴ、ピィ……?」
「私がおかあさん。シロが子供で、おとうさんは……うぅ、おとうさん」
セツナのことを思い返したら、なんだか胸の奥が痛くなる。
大丈夫と思ったはずなのに、次の瞬間には一転して、ものすごく寂しくなる。
「おとうさん、大丈夫かな……? 私もついていきたかったな……今からでも追いつけるかな?」
ふと、エステルはそんなことを考えるが……
ぶるぶると頭を振る
「ダメだよ……おとうさんは、ここで待っているように、って言ったんだから。だから、私はここで待っていないと……そうしないといけないんだから」
エステルはなんとか自制心を働かせて、その場に留まる。
それは自制心というよりは、別の勘定も働いていたのだけど……それを自覚できるほど、エステルは大人ではない。
「ピッ!?」
「シロ?」
不意に、シロが明後日の方向を見た。
窓の向こうを見て、今までに見たことのない顔をして牙を剥き出しにして唸る。
「シャアアア……!」
「シロ、どうしたの? 怒っているの? なんで?」
シロはなにかに警戒しているようだった。
なぜそんなことを?
エステルは不思議に思うが……
シロの行動の意味を、すぐに知ることになる。
「あ、悪魔だ! 悪魔が出たぞーーーっ!!!」
窓の外から、そんな悲鳴が聞こえてきた。




