31話 来訪者
翌朝。
小鳥のさえずりで目が覚めた。
そんな季節でもないのに、なぜか熱い。
自分の体を見ると……
「ふにゅ……すぅ、すぅ……くぅ」
エステルが俺に抱きつくようにして、すやすやと寝ていた。
「やっぱりエステルか」
こうして、寝ている間に抱きつかれることは初めてじゃない。
というか、ほぼ毎日、抱きつかれている。
まだ子供ということもあるが……
きっと、エステルは寂しいんだろうな。
ずっと一人だったから、誰かの温もりに飢えているのだろう。
それと……怖いのかもしれない。
俺がいなくなったらどうしようと、心のどこかで不安に思っているのかもしれない。
それが形となり、俺に抱きつく、という行動になっているのかもしれない。
「大丈夫だからな。俺は、絶対にエステルの傍を離れないからな」
「うゆ……おとうさん……」
寝息を立てるエステルの頭を優しく撫でると、ふにゃりと笑顔になった。
――――――――――
「ごちそー……さま、でした」
俺が教えた通りに、エステルはきっちりと挨拶をして、食事を終えた。
食事の挨拶は昨日教えたばかりなのに、もう覚えている。
ウチの娘は天才じゃないだろうか?
国からスカウトが来たらどうしよう?
「ねえねえ……おとうさん」
真面目にそんなことを考えていると、エステルが俺の服をくいくいと引っ張る。
「うん? どうした?」
「フィンちゃんのところに……遊びにいっても、いい?」
「あー……それは」
言葉に迷う。
フィンちゃんはいい子だ。
エステルが魔族だとしても、偏見を持つことなく、普通に接してくれる。
きっと、エステルのいい友だちになるだろう。
でも、誰もがフィンちゃんと同じというわけではない。
フィンちゃんの母親は、エステルのことを良く思っていない。
そのことを考えると、遊びに行かせるわけにはいかない。
しかし、エステルの期待を裏切りたくないという思いもあり……
「……悪い。今日は、買い物に付き合ってくれないか?」
「おかい、もの?」
別の用事を与えることで、今日はフィンちゃんのことは忘れてもらおう。
明日は……またその時考えることにしよう。
「エステルの服を買おうと思うんだ」
「服!」
エステルが目を輝かせた。
やっぱり女の子なので、おしゃれには興味津々らしい。
「でも、服……あるよ?」
「レイのところで買ったものは、数着だけだろう? あと、実用的すぎるというか……もっとおしゃれなものもあってもいいと思うんだ。エステルは女の子なんだからな」
「わぁ……い、いいの? そんな服、いいの?」
「もちろん」
「おとうさん、好き♪」
エステルが笑顔になって、ぎゅうっと抱きついてきた。
やばい、悶死してしまいそうだ。
「あと、シロのこともなんとかしないといけないからな」
「シロ?」
「ドラゴンの子供だということが知られたら、驚かれるかもしれないんだ。だから、隠れて移動できるようなものを探しておきたい」
「ピィ!」
シロが同意するように鳴いた。
「そっか……うん。お買い物、行くね」
シロの話を持ち出したことで、飼い主としての責任感が浮上したらしい。
エステルは真面目な顔で、コクリと頷いた。
いい傾向だ。
ペットは子供の情操教育に良いという話を聞いたけれど、どうやら本当のことらしい。
「シロのために、なにを……買うの?」
「うーん、そうだな。シロが入るようなリュックなんてどうだ? 街の中では、シロはリュックに入ってもらう。で、それをエステルが背負う。頭だけを出す形にすれば、さほど問題はないだろうし……それなら、エステルもいつもシロと一緒にいられるぞ」
「わぁ……うん、それがいいね! シロも、そう思う?」
「ピィ、ピィ!」
「えへへ、シロ、喜んでいるね」
シロの頭を撫でるエステルは、とてもうれしそうにしていた。
この笑顔をずっと守り続けたいと思う。
「さて。今日の予定も決まったところだし、さっそく出かけるとするか」
部屋を出ようとしたところで……
コンコン。
扉をノックする音が響いた。
誰だろう?
ノックをするくらいだから、招かれざる客とは思いたくないが……
「どうぞ」
「失礼します」
鎧を着た兵士が部屋に入ってきた。
うん?
どこかで見たような……?
「昨日ぶりです、勇者さま!」
「……ああ。門番を務めていた」
思い出した。
エステルのことを目こぼししてくれた兵士だ。
俺が元勇者ということもあるが……
話がわかる青年で、気のいい感じがした。
悪印象はなくて、むしろ、好印象が残る。
「ゆーしゃ?」
エステルが小首を傾げていた。
そういえば、エステルには、まだ俺のことを詳しく話していなかったな。
エステルは俺の娘なのだから、きちんと説明しないといけないのかもしれない。
でも、『勇者』という称号は、良くも悪くも、今の俺には重荷となっていて……
もう少し、時間が欲しい。
気持ちを落ち着けることができれば……
その時は、普通の顔をしてエステルに説明できるだろう。
まあ、それはいい。
問題は、この兵士だ。
なぜ、俺のところに来たのか?
エステルのことはすでにバレているから、関係ないと思う。
心当たりがあるとすれば、シロだ。
ドラゴンの子供ということがバレて、今になって問題となったのかもしれない。
シロはエステルのペットだ。
引き離すような真似はできない。
いざとなれば戦う……そんな覚悟をしながら、兵士に問いかける。
「どうしたんだ? なにか話が?」
「はい。話というか、お願いがあって参りました」
「お願い?」
「勇者さま……どうか、東クリモアを脅かす悪魔を討伐していただけませんか!?」




