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30話 甘えてもいいですか?

 エステルに麦わら帽子をかぶせて、猫耳を隠した。

 腰に巻いている服もしっかりと留めて、尻尾を隠す。

 これで、見た目は普通の女の子だ。


 改めて別の宿を探して、そちらでチェックイン。

 今度は断られるようなことはなく、部屋を確保することができた。

 すぐに部屋に移動する。


「ふう」


 部屋に入り、人目がなくなったところで、疲れたような吐息をこぼした。

 また断られたらどうしよう、と思っていたが……

 今度はうまくいったみたいだ。


 もっとも、エステルが魔族であることがバレたら、すぐに追い出されるかもしれない。

 その点は気をつけないといけないのだけど……


「悪いな、エステル」

「うぅん?」

「窮屈な思いをさせているよな」


 本来であれば、エステルが魔族であることを隠したくはない。

 差別や偏見もあるかもしれないが……

 エステルは、自分が自分であることを受け入れて、まっすぐに生きてほしい。

 だから、魔族であることも隠すようなことはせず、堂々としてもらいたい。


 ただ、今はそういうわけにはいかない。

 悪魔とやらに狙われているせいで、街中の人がピリピリとしている。

 そんな中で、わざわざ魔族であることを明かす必要はない。


 時には、こうした自己防衛が必要なのだ。


「んー……だいじょうぶ、だよ?」


 エステルは少し考えるような仕草をとってから、ぎゅっと俺の腰の辺りに抱きついてきた。


「おとうさんがいるから、だいじょうぶ。ぜんぜん平気!」

「そっか」


 エステルは、俺を褒め殺そうとしているのか?

 そんなことを言われたら、俺、どうにかなってしまうぞ?

 実際、ニヤニヤが止まらない。


 ウチの娘、最高にかわいい。

 アレだな。

 きっと、世界で一番かわいいに違いない。


「あぅ」


 きゅるるる、とエステルのお腹がかわいらしい音を立てた。

 恥ずかしそうに赤くなる。


「お腹が空いたか?」

「……うん」

「ピィ!」


 エステルと、その頭の上にいるシロが同時に答えた。

 ちなみに、シロは麦わら帽子の中に隠れてもらっていたので、こちらも宿の人にバレてはいない。

 ドラゴンの子供の宿泊なんて認められないだろうから、シロのことも隠し通さないといけないな。


 エステルのことも、シロのことも、その場しのぎの対策ではなくて、抜本的な改革をしないといけないかもしれない。

 このままだと、窮屈な思いをさせるだけだ。


 ……それはともかく、今は飯だ。

 色々とあってなにも食べていないから、俺も空腹だ。


「エステルとシロは、ここで待っていてくれ。すぐに戻る」

「うん。おとうさん、いってらっしゃい」

「ピィ~♪」


 娘とペットに見送られて、部屋を後にした。


 一階に降りると、そこは食堂になっていた。

 大抵の宿は、こういう作りになっている。

 宿代だけで生きていくことは難しいので、食事代も落としてもらう、という作戦なのだ。


 俺は近くを歩く店員と話をして、部屋で食べられる弁当を注文した。

 騒がしいところは好きではない、という人もいるため、部屋で食べるための弁当を作っているところが多い。

 この宿も例外ではなく、すぐに弁当を用意してもらえた。


 弁当を手に、俺は部屋に戻る。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「ピィ? ピィイイイ~♪」


 匂いをかぎつけたらしく、シロがうれしそうに鳴きながらすりよってきた。


「お前は元気だなあ。ほら、飯だ」

「ピィ!」


 弁当の一つを差し出すと、シロは元気よく食べ始めた。

 ガツガツと食べていて、ものすごい食欲だ。


 ……そういえば、俺達と同じものを与えてしまったのだけど、問題ないのだろうか?

 さすがに、ドラゴンの生態までは知らない。


「まあ、たぶん大丈夫か。どこかで、ドラゴンは雑食、っていうことを聞いたことがあるからな」

「おとうさん、おとうさん。シロばかり、ずるい」


 エステルは待ちきれない様子で、尻尾をフリフリしていた。

 目が輝いていて、ちょっとよだれも垂れていた。


 女の子なんだから、もうちょっと自重しなさい。

 でも、そんなところもかわいい。

 ウチの娘、最強。


「わかっているさ。ほら、一緒に食べよう」

「やった♪」


 小さなテーブルの上に弁当を並べた。

 対面に座るように配置したのだけど……


「んしょ」


 エステルは弁当を持つと、俺の隣に移動した。


「どうしたんだ?」

「ここがいいの」

「でも、食べにくいだろ」

「ううん。おとうさんの隣がいいの」

「そっか。なら、一緒に並んで食べるか」

「ん♪」


 エステルは、さっそくフォークを持つけれど……


「エステル、待った」

「あう?」

「そろそろ、礼儀作法も勉強しよう。女の子は、そういうことはきっちりしないとな」

「れーぎ……さほー?」


 なにそれ? というような感じで、エステルはきょとんとした。

 具体的な説明をしても、たぶん、わからないだろう。

 子供でも理解できるように、それっぽく話をしないといけない。


「えっと……賢く見えるというか、いや、これは違うな。つまりだな、あー……そう! 女の子をもっとかわいく見せるための仕草だ!」

「ふぁ……もっと、かわいく……」

「エステルは、もっとかわいくなりたいだろう?」

「……うん、なりたいな」


 エステルは恥ずかしそうにしながらも、コクリと頷いた。

 この説明で正解だったらしい。

 女の子は、いつでもどんな時でも、かわいいことに憧れるからな。


 でも、待てよ?

 ナルシストでもない限り、かわいくなりたいことには理由がある。

 普通の女の子は、気になる異性の目を気にするものだ。


 ということは、もしかしてエステルも気になる男が……!?


「え、エステル!? そういうのはまだ早いからな!? お父さん、認めないぞ!」

「ふぇ?」

「っと……す、すまん。ちょっとヒートアップした」


 すうはあ、すうはあ、と深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けた。


「あー……一つ聞きたいんだけど、エステルは今、気になる男がいるのか?」

「んぅ、気になる?」

「簡単に言うと、かわいい、って言って欲しい男がいるのか、っていうことだ」

「うん……いるよ」

「っ!?!?!?!!!?」


 衝撃の事実が飛び出して、俺はショック死するかと思った。


 い、いつの間にそんな相手が……

 くそっ、どこのどいつだ、俺のかわいいエステルをたぶらかした馬の骨は!?


「おとうさんに……かわいいって、言ってもらいたいな♪」

「あ……なるほど、そういうことか」


 エステルの気持ちを理解した俺は、ようやく落ち着くことができた。


 そんな風に思ってくれていたなんて……

 ウチの娘、マジ天使。


 きっと、今の俺は、にへらにへらとだらしない顔をしているだろう。

 でも、仕方がないだろう?

 世界で一番かわいくて、最強の娘にそんなことを言われたら、誰だってこうなる。


「それで、れーぎさほー? は……どうすれば、いいの?」

「っと、そうだな」


 ついつい本題を忘れていた。


「食べる前は、こうして手を合わせて、いただきます、って言うんだ。食事の挨拶みたいなものだな」

「こう、かな?」


 エステルはぎこちないながらも、両手を合わせた。


「そうそう。じゃあ、俺に続いて」

「うん」

「いただきます」

「えと……いただき、ます」


 ぺこりと頭も下げた。


「よしよし、偉いぞ。ちゃんとできたな」

「えへへ……私、偉い?」

「すごくえらいぞ。それに、かわいい。まるで、天使みたいだ」

「はわ……恥ずかしいけど……えへへ♪ おとうさんに褒められちゃった」


 エステルはうれしそうに微笑み、尻尾をフリフリとさせるのだった。

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