28話 ともだち
「か……かわいいっ!!!」
フィンは目をキラキラとさせた。
今にも抱きつきそうな勢いで、ぴょこぴょこと動くエステルの猫耳を見つめている。
「……え?」
まったくの予想外の反応に、エステルは驚いた。
自分は魔族だ。
その象徴である猫耳と尻尾は、あまり好きではない。
猫耳と尻尾を見ると、大抵の人はイヤな顔をした。
イヤな顔をするだけならば、まだかわいい方が。
中には刃のように鋭い言葉をぶつけてくる人がいた。
以前、住んでいた村の人たちは、時に手を出してくることもあった。
魔族だからこんな目に遭う。
普通の人間に生まれたい、と何度思ったことか。
猫耳と尻尾を切り落としてしまおうか? と何度考えたことか。
それなのに……
「わー、わー! かわいいわね、それ」
「え、えと……? かわいい……の? ウソじゃなくて?」
「なんで、こんなことでウソつかないといけないのよ? かわいいじゃない。ものすっごくいいと思うわよ」
「ふぇ……」
かわいいなんて、初めて言われた。
エステルはどう反応していいかわからず、目をパチパチとさせてしまう。
「んー……ダメ! もう我慢できない、えいやっ」
「ひゃ!?」
フィンがエステルに抱きついた。
そのまま、猫にするようにエステルの頭を撫でる。
「うわぁ……ふかふかのもふもふね。最高♪」
「あわ、あわわ」
エステルはなにが起きているか理解できず、目を白黒させるだけだ。
その間に、フィンは欲望のまま本能のまま、思う存分にエステルを撫でて愛でる。
ちょっと吐息が荒い。
はぁはぁとしていた。
傍から見るとかなり怪しい光景だ。
「あの……」
とにかくも、エステルは一度フィンを引き離した。
それから、恐る恐る問いかける。
「私のこと……怖く、ないの?」
「え、なんで?」
きょとんとされた。
今までにない反応に、さらにエステルは戸惑ってしまう。
「なんでエステルが怖いとか、そういう話になるわけ? よくわからないんだけど」
「だって、だって……私、耳と尻尾生えてるし……魔族、だし。怖がられたりするのが、当たり前だったから……」
「……そっか」
エステルの言葉を受けて、フィンは怒るような悲しむような、複雑な表情を見せた。
その胸中には、なにか激しい思いが渦巻いているようだ。
しかし、言葉を荒げることはない。
態度に出すこともない。
子供とは思えないくらいの落ち着きを見せて、もう一度、エステルを抱きしめる。
「ふぁ」
勢いに任せるのではなくて、今度は優しくそっと。
エステルの背中に手を回して、それから、もう片方の手は頭に。
そっと撫でる。
「エステルはかわいいわ」
「え……」
「他の人がどう思うかなんて、あたしは知らない。ただ、あたしは怖がったりなんてしない。変な目で見たりしない。エステルはエステルだもの」
「あう……」
「正直、魔族とかよくわからないところもあるんだけど……でもでも、あたしにとってエステルはエステルなの。それ以上でもそれ以下でもないわ。だから、気にしないの。エステルも気にしないで。難しいかもしれないけど……あたしの前では普通にしてくれるとうれしいかな?」
「……うんっ!」
エステルはいっぱいの笑顔を浮かべた。
セツナがここにいたら、感動で涙を流していたかもしれない。
それくらいに晴れやかで気持ちのいい笑顔だった。
「あの……あのね?」
「なに?」
「えっと……フィンちゃん、って呼んでもいい?」
「もちろんよ。あたしも……って、あたしはすでに呼び捨てにしてるわね」
「あはは……」
「こーら、なによその顔は?」
「ひゃあ!?」
フィンがたわむれにエステルをくすぐり、たまらずに逃げ出して……
二人の笑い声が部屋に響くのだった。
――――――――――
「大きな問題?」
女将の話を聞いて、思わず首を傾げてしまう。
東クリモアは大きな街だ。
経済的に発展しているし、生活が困窮しているとは思えない。
それとも、先に立ち寄った村のように、上に問題があるのだろうか?
そういえば……と思い返してみると、街を歩く人々の顔がどこか暗い気がした。
誰も彼も思いつめたような顔をしていて……
心から笑っている人がいない。
先の村も、この村も……問題を抱えている。
いつの時代もそれは変わらない。
俺は、世界を平和にするために勇者としての使命を果たして、魔王を討伐した。
しかし、その結果は?
世界は平和になったのだろうか?
いや、大して変わっていない。
問題の内容が変わっただけで、人々は未だ、様々な出来事に苦しめられている。
だとしたら、俺がしたことはいったい……
「お客さん?」
「あ……と、すまない。少しぼーっとしていた」
女将に声をかけられて我に返った。
心の整理は後回しだ。
今は詳しい話を聞くことにしよう。
「この街の問題というのは?」
「それは……」
「聞かせてくれないか? 住む住まない、どちらにしても、しばらくはここに滞在することになるだろうから……俺にも関係のある話だ」
「……そうだね。この街に来た以上、そういうことになるか」
女将は疲れたような吐息をこぼして、この街の問題を語る。
「この東クリモアは……悪魔に狙われているんだよ」




