27話 かもめ亭の看板娘
「エステル! それに、エステルのお父さんも……どうしてここに? はっ!? まさか、あたしの愛らしさに心奪われて、後をつけてきたとか!?」
「俺を変態のように言わないでくれ」
「あははっ、冗談ですよ。冗談」
コロコロと笑うフィンちゃん。
意外といたずらっ子のようだ。
あるいは、小悪魔と言った方がいいかもしれない。
「ん」
エステルが俺の背中から降りて、フィンちゃんのところに駆け寄る。
「フィンちゃん」
「さっきぶりね、エステル」
「また会えて……うれしいな。さっきは、ありがとうね」
「どういたしまして。それで、どうしてここに?」
「おとうさんと、今日泊まるところを探していたの」
「なるほどー。それでウチに来た、っていうわけね。エステルのお父さん、なかなかいい目をしているじゃない」
「もしかしなくても、ここはフィンちゃんの宿なのか?」
「そうよ。お父さんとお母さんが建てたところなのよ。で、あたしはここの看板娘!」
ドヤ顔で胸を張るフィンちゃん。
元気な子だ。
「また会えるなんて、すごい偶然だな」
「そうね。でも、うれしいわ。エステルとエステルのお父さんには、また会いたいと思っていたから」
「っと……そういえば、自己紹介を忘れていたな。俺は、セツナ・イクシストだ」
「フィン・クラウネルよ。って……へえ、セツナさんって、勇者さまと同じ名前なのね」
「っ!?」
「珍しい偶然もあるのね。ちょっと驚いちゃった」
「そ、そうだな」
びっくりした。
俺の正体に気づかれたのではないか、と焦ったけれど……
フィンちゃんは勇者がこんなところにいるとは思っていないらしく、偶然で流してくれた。
よくよく考えてみれば、俺の名前は勇者として、多くの人々が知るところになっている。
騒ぎになることは好まないし……
偽名を考えた方がいいのだろうか?
「おとうさん?」
「大丈夫だ」
エステルが心配そうにこちらを見たので、軽く頭を撫でてやる。
「それで、二人はウチをご利用に?」
「ああ。部屋は空いているか?」
「大丈夫よ。じゃあ、さっそくチェックインをあいた!?」
「こらっ、あんたはなにを勝手にしているんだい」
女将らしき女性が出てきて、フィンちゃんにげんこつを落とした。
この人がフィンちゃんの母親であり、宿の女将なのだろう。
「お客さんが来たら、私か父さんを呼ぶ。そういう話だっただろう?」
「でもでも、あたしは看板娘なんだから、これくらいしてもあいた!?」
「まだ早い! というか、あんたが勝手に出張っているだけだろうに。まったく」
「フィンちゃん、大丈夫?」
二度もげんこつを落とされて、フィンちゃんは涙目だった。
そんなフィンちゃんを、エステルが気遣う。
「悪かったね、お客さん。ウチのじゃじゃ馬娘が勝手をして」
「いや、気にしていない。それに、フィンちゃんには、少し前に助けてもらったからな」
「うん、どういうことだい?」
「実は……」
エステルが迷子になり、フィンちゃんに助けられたことを話した。
「なるほど……この子がそんなことを」
「娘の恩人だ」
「勝手に出ていったと思ったら、そんなことをしていたなんて」
「ぎくっ!? 勝手に出たことバレてるし」
「バレないと思ったの? 親は全てをお見通しなのよ」
「え、えっと……おしおき?」
「そうしたいところだけど……人助けに免じて、今回は勘弁してあげる」
「ほっ」
フィンちゃんは安堵の吐息をこぼして……
それから、エステルの手を取る。
「ねえねえ、せっかくだからあたしの部屋でおしゃべりでもしない? これもなにかの縁だと思うの」
「え? えっと……」
エステルがちらりとこちらを見た。
「エステルの好きにしていいぞ。俺はここにいる。外には出ないよ」
「えっと……じゃあ、うん」
「決まりね! じゃあ、行きましょう」
エステルの手を引いて、フィンちゃんが二階に上がる。
一階が受付と食堂。
二階が部屋になっているみたいだ。
「すまないね、ウチの娘がわがままを言って」
「いえ。エステルも楽しそうにしていたので、なにも問題ありません」
これを機会に、フィンちゃんと友だちになれればいいのだけど……
うまくいくだろうか?
そわそわしてしまい、様子を見に行きたくなる。
しかし、それは親としての範疇を大きく越えているので、我慢した。
「それで、ウチを利用してくれるのかい?」
「ああ。とりあえず、一週間ほど泊まりたい。二人用の部屋は空いているか?」
「お客さんは運が良いね。ちょうど空いたところだよ。前払いになるけど、大丈夫かい?」
「ああ、問題ない」
値段は思っていたよりも安かった。
レイに剣を売った金がまだまだ残っているので、簡単に支払うことができた。
「ところで、この街はどんなところなんだ?」
手続きをしながら、話を振ってみる。
「治安も良くて、それなりに賑わっている街。差別はなくて、どんな種族に対しても寛容……と聞いているんだが?」
「そうさね。良いとこだったよ。どうしてそんなことを聞くんだい?」
「旅をしているんだけど、どこかで腰を落ち着けるのも悪くないと思っていてな。それで、この街はどうだろう、って思ったところだ」
「なるほどね」
女将は暗い顔をして、疲れたようなため息をこぼす。
「お客さんの事情は理解したよ。でも、ここはやめておいた方がいい」
「なぜだ?」
「大きな問題があるんだよ」
――――――――――
「じゃーん、ここがあたしの部屋よ!」
「おぉ」
フィンの部屋に案内されたエステルは、目をキラキラさせた。
あちこちにかわいいぬいぐるみが飾られている。
かわいい。
もふもふしたい。
そんな気持ちになり、無意識のうちに手を伸ばしてしまいそうだった。
「ぬいぐるみ、かわいいね」
「でしょう? でしょう? この子たちは、あたしの自慢の子なのよ♪」
「いいなぁ」
セツナにおねがいしてみようか?
ついつい、エステルはそんなことを考えてしまう。
それくらいにぬいぐるみがかわいい。
「うらやましいな」
「でも、エステルもかわいいぬいぐるみを持っているじゃない」
「ふぇ?」
そんなものは持っていない。
フィンはなにを言っているのだろうか?
エステルは不思議そうに目をぱちぱちとさせた。
「頭の上に乗せている子、すごくかわいいと思うわ」
どうやら、フィンはシロのことをぬいぐるみと勘違いしているらしい。
それも仕方ない。
まさか、ドラゴンの子供がこんなところにいるなんて、想像できるわけがない。
それに、当の本人は疲れたらしく、エステルの頭の上ですやすやと寝ていた。
道理で、さきほどから静かだったわけだ。
「ねえねえ、その子、どこで買ったの? ちょっと触ってもいい?」
「え? えと、その……」
「えいっ」
いたずらっ子全開モードで、フィンはシロをつんつんとした。
「ピィ!?」
「ひゃ!?」
シロがびっくりして起き上がり……
それに驚いたフィンが体勢を崩してしまう。
その拍子に、エステルがかぶっていた麦わら帽子が落ちてしまう。
「エステル? その耳……」
「あっ……!?」
エステルの猫耳を見たフィンは……




