25話 迷子
「うぅ……」
エステルは涙目になって、トボトボと街中を歩いていた。
大きな建物やたくさんの人。
それらに目を奪われてしまい、気になるものに惹かれるまま、あちこちを歩き回った。
結果……いつの間にかセツナとはぐれていた。
慌てて周囲を見回すけれど、セツナの姿はない。
小さな声でセツナを呼ぶけれど、その声に応える人はいない。
迷子になった。
そんなことを思い、エステルは泣いてしまいそうになった。
セツナと出会ってからは、いつも彼が傍にいてくれた。
怖いことから守ってくれた。
温かい笑顔をくれた。
でも、今はセツナがいない。
一人ぼっちだ。
そのことを思うと、急に悲しくなってきた。
胸の奥がツンとなり、涙がこみ上げてくる。
「ピィ!」
悲しみが限界に達しそうになった時、頭の上でシロが鳴いた。
今はセツナの魔法が解けて、シロの姿が見えるようになっていた。
街の人々はぬいぐるみかなにかと思っているらしく、特に気にした素振りは見せない。
「シロ……おとうさん、いなくなっちゃった……」
「ピィ?」
「わたし……また、一人になっちゃった……」
「ピィー……」
「うぅ……おとうさん、おとうさん」
セツナを想い、エステルは目にいっぱいの涙を浮かべた。
胸が張り裂けてしまいそうなほどに痛い。
不安で何も考えることができなくなる。
「ピィ! ピィイイイ!」
シロが元気よく鳴いて、頭を擦りつけてきた。
「泣くな、自分がいる」と励ましているかのようだった。
そんなシロのおかげで、エステルは少しだけ落ち着くことができた。
涙は決壊一歩手前で止まる。
「あ、ありがとね……シロ」
「ピィ!」
冷静になることができたエステルは、改めて自分が置かれた状況を考える。
ふらふらしていたせいで、セツナとはぐれてしまったらしい。
つまり、迷子だ。
こうなった時のために、事前に待ち合わせ場所などを決めていればよかったのかもしれないが、そんなものはない。
セツナも親になった間もない初心者なので、そういったことが頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。
街の治安を維持する兵士がいる詰め所にいけば、あるいは、セツナと合流できるかもしれない。
しかし、エステルは魔族だ。
オマケに、ドラゴンの子供であるシロを連れている。
きちんと迷子として扱ってもらえるか、微妙なところだ。
そもそも、エステルは兵士なんていうものは知らない。
なので、詰め所を訪ねるという発想もない。
最終的に自力で探すという答えにたどり着いて、不安を抱きながらも、恐る恐る街を歩いていく。
「うぅ……」
とても賑やかな街で、綺麗なところだと思っていたのだけど……
一人になると、途端に怖くなってしまう。
「あぅ……おとうさん? おとうさぁん……」
セツナを呼びながら街を歩く。
しかし、何度呼びかけても応える声はない。
もしかしたら、このままセツナと会えないのでは?
そう思うと、どんどん不安が大きくなってきた。
シロが一緒にいるのだけど、それでもどうしようもないところがある。
我慢しないと。
そう思うのだけど、どうしても涙がこみ上げてきてしまい、胸の奥が辛くなる。
「うっ、うっ……あぅううう……」
「ピィ! ピィ!」
頭の上でシロが必死に慰めるものの、エステルはそちらを気にする余裕はない。
頭の中はセツナのことでいっぱいだった。
セツナに会いたい。
ぎゅってしてほしい。
なでなでしてほしい。
そんなことばかりを思い……
それ故に、どんどん寂しく、悲しくなってしまう。
以前のエステルであれば、我慢できたかもしれない。
独りでいることには慣れていた。
しかし、セツナと一緒に過ごすことで、人の温もりを知った。
そんな状態では、我慢することはできない。
「うっ、うぇ……」
もう限界だった。
エステルの目から涙が……
「ねえ。あなた、どうしたの?」
「ふぇ……?」
突然、声をかけられて、思わずエステルはぽかんとした。
振り返ると、同じくらいの歳の女の子がいた。
それが幸いした。
相手は見知らぬ人だけど、同じくらいの……しかも、女の子だ。
警戒心を抱くことはなくて、むしろ、一人でなくなることに安堵を覚える。
しかし、そこで緊張感が途切れてしまった。
今まで我慢していたものが一気にあふれてしまい……
「うぇ……えっ、えええええぇ……あぅ、うううぅ、うあああああぁんっ」
「え!? えっ、な、なによ!? どうしたの、いきなり!?」
女の子が慌てた。
いきなりエステルが泣き出したのだから、無理もない。
しかし、女の子は落ち着いていた。
慌てながらもエステルを抱きしてめて、落ち着かせようとする。
「よ、よくわからないけど……大丈夫、大丈夫だから。ほら、泣き止みなさいよ」
「あうううっ、うぅ……ひっく、えっぐ……あうううううっ」
「ほーら、大丈夫よ。あたしがついているから……大丈夫。ね?」
「うぅ……ぐすっ」
ほどなくしてエステルは泣き止んだ。
まだ多少、ぐずっていたものの、大泣きという事態は避けられた。
そのことに女の子はほっとしたような顔をする。
「えっと……大丈夫? どこか痛いの?」
「……ううん」
「なら……あ、そういうこと。あなた、迷子なのね?」
「……うん」
「なるほどね……うん。なら、あたしに任せておきなさい!」
頼れるお姉さんを演出するように、女の子はトンと自分の胸を叩いてみせた。
「あたしが、あなたの親を見つけてあげる!」
「本当……に?」
「本当よ。約束してあげる」
「……約束……」
「なによ、信じられないの?」
「……ううん」
エステルにとって、頼ることができるのはこの女の子だけだ。
大人は怖くて声をかけることができない。
わらにもすがる思いなのだけど……
しかし、不思議と安堵感があった。
この女の子なら、きっとセツナと巡り合わせてくれる。
そんな予感があった。
「ありが……とう」
「お、お礼なんていいわよ。こんなの当たり前のことだし……そ、そもそも、まだ見つけたわけじゃないんだから」
女の子が顔を赤くした。
どうやら照れ屋のようだ。
「そうそう。そういえば、あなたの名前は? あたしは、フィン・クラウネルよ」
「……エステル……」
「エステルか。よろしくね!」
フィンは明るい笑顔で手を差し出した。
エステルは、それを不思議そうに見る。
「なによ、そんな顔をして」
「この手……は?」
「握手よ、握手。せっかくだから仲良くしましょう、ってこと」
「……仲良く……」
「それとも……なによ。あたしなんかとは仲良くしたくないっていうわけ?」
「う、ううんっ」
エステルは、慌てて首を横に振る。
ぶんぶんぶんと、取れてしまうのではないかと心配するくらいに振る。
「よろしく……ね?」
「うっ」
エステルに見つめられて、フィンは軽く震えた。
「なによ、か、かわいいじゃない」
「ふぇ?」
「な、なんでもないわ。とにかく、よろしくね! エステルは心配しないで、あたしに任せておきなさい。どーんと、大船に乗ったつもりでいるといいわ」
二人は握手をした。




