24話 はじめての大きな街
「勇者さま……?」
尊敬の色を瞳に宿して、兵士は俺のことをじっと見つめた。
「え?」
「あの、勇者さまですよね? 魔王を倒して、世界を救ったという」
「えっと……」
「この魔力反応、間違いありません。この女の子の方から勇者さまの魔力反応が出ていて……一緒にいるから、影響を受けたのでしょうか? それにしても、まさか、こんなところで勇者さまに出会えるなんて」
兵士はキラキラと瞳を輝かせていた。
もしかして……
シロに気がついたわけじゃなくて、ただ単に、俺の正体に気がついた……というオチなのか?
いや、それはそれで面倒なことになりそうなのだけど。
シロが見つかるよりは、100倍マシかもしれない。
「あー、なんていうか……」
「あっ、すみません。このようなところで……このことが周囲にバレたら面倒なことになりますよね。秘密の旅か、そんなところなのでしょう? なら、秘密にしておかないといけませんね」
幸いというべきか、兵士はうまい具合に勘違いをしてくれた。
深く追求することはない。
「ただ、あの女の子にかけられている魔法について、お聞きしたいのですが……」
「それは、えっと……」
兵士はエステルになにかしらの魔法がかけられていると勘違いしているらしい。
エステルの頭の上に、魔法で透明になったシロが乗っているから、そんな風に勘違いしているのだろう。
少し考えて、最適な答えを出す。
「実は、あの子は魔族なんだ」
「魔族……ですか?」
「場所によっては、迫害されることもあるだろう? だから、魔法を使って普通の人に見えるようにしているんだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「もちろん、あの子が危険な犯罪者ということはない。俺が保証する」
「わかりました。勇者さまがそういうのならば、間違いありませんね」
兵士は通行許可証を渡してくれる。
「こちらをどうぞ。正規の手順を経て、街に入場したという証になります。時と場合によっては、こちらを求められることがあるので、なくさないように気をつけてください」
「わかった。ありがとう」
どうやら、勇者という肩書がうまい具合に作用したみたいだ。
兵士は俺の言葉を疑うことなく、すんなりと信用してくれた。
一時は、勇者という肩書を呪ったものだけど……
こんなところで役に立つなんてな。
エステルのために役に立つのならば、勇者であってよかったと思う。
「あー……それと、俺のことは秘密にしておいてくれないか? 他の人に知られると、面倒なことになるかもしれないからな」
「秘密の任務というヤツですね? 了解しました。決して、他言しません」
ウソは言っていない。
ただ、俺の居場所をとある国が知ると、面倒なことになるからな。
エステルがいる以上、面倒事は可能な限り避けたい。
今の俺が望むものは名誉でも地位でも平和でもなくて……
エステルと一緒に過ごす時間なのだ。
「それで、手続きはこれで終わりか?」
「はい、問題ありません。では……東クリモアへようこそ」
――――――――――
「わぁ……!」
門をくぐると街の景色が広がる。
それを見て、エステルは驚きの声をあげた。
エステルがいた村や、旅の途中で立ち寄った村とは違い、たくさんの建物が並んでいる。
腐りかけの木をつなぎ合わせたようなボロ家ではなくて、しっかりとした材木で、職人の技術を持って建てられている。
それだけではなくて、中には石造りやレンガを組み合わせた家もあった。
住居だけではなくて、店舗も見える。
独特のデザインに建築された家は、エステルからしたら珍しいのだろう。
不思議そうに見つめていた。
また、人の数も段違いだ。
今まで訪れた村の数倍……いや、数十倍の人がいる。
通りも見れば、常にたくさんの人が行き交っている。
賑やかさが途切れることはなくて、常に人の営みの音と声があふれていた。
「おとうさん、おとうさん……! す、すごいよっ。人がたくさんいて……それに、おうちがいっぱいで……わぁっ、わぁっ」
エステルが興奮気味に言う。
その姿は、都にやってきた田舎者だ。
ついつい苦笑してしまう。
この東クリモアは、そこそこ大きな街だけど……
これよりも大きな街なんて、いくらでもある。
例えば、国の中心に位置する街など。
帝国の中央は、東クリモアの数倍は栄えている。
人も建物も、さらにこの上をいく。
そんなところにエステルを連れて行ったら、どうなるか?
今まで以上にはしゃぐだろうか?
それとも、萎縮してしまうだろうか?
その光景を思い浮かべて、微笑ましい気分になる。
いつか、エステルを一番大きな街へ連れていきたいな。
そうしたら、今まで以上にたくさんの表情を見せてくれるだろう。
「さて。まずは宿をとるか。時間はあるだろうから、その後に観光でも……ん? エステル?」
隣にいたはずのエステルが消えていた。
右を見る……いない。
左を見る……いない。
振り返る……やっぱりいない。
「エステルっ!?」
慌てて周囲を見回すけれど、やはりその姿は見えない。
エステルだけじゃなくて、シロもいない。
「すみませんっ」
急いで周囲の人に聞き込みをした。
しかし、返ってくる答えは「そんな女の子は知らない」……だ。
「もしかして……迷子に?」
なんてこった。
こんなことになってしまうなんて……
もっと気をつけるべきだった。
エステルにとっては、初めての大きな街が。
なにが起きてもおかしくないから、常に注意しておくべきだった。
無事に街に入ることができたから、油断していたのかもしれない。
とにかく、エステルとシロを探さないと!
「二人共、無事でいてくれよ!」




