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2話 呪われた少女

 一昼夜、全力で走り続けることで、なんとか国境を越えることができた。


「ふぅ」


 念のために森の中へ身を隠したところで、緊張の糸が途切れた。

 同時に、体から力が抜けて、地面に座り込んでしまう。


 一昼夜、走り続けていたからな……

 さすがに疲れた。

 しばらくはまともに動けそうにない。


 でも、ここまでくれば安全だろう。

 いくらあの王がふざけたことを考えていたとしても、国境を越えてまで俺を追うようなことはしないだろう。

 そんなことをすれば、侵略行為と見なされても仕方がない。


 追手を振り切ることに成功した。

 この後は……


「この後は……どうすればいいんだ……?」


 国に裏切られて……

 帰る家をなくして……

 それで、俺になにが残る?

 なにも残らないじゃないか……


 全てを失ったばかりなのだ。

 これからどうするかなんて、考えることはできない。

 胸にあるのは、ただただ虚しさ。


「は……はははっ……」


 乾いた笑いがこぼれた。


「くだらないな」


 こんな世界のために、俺は勇者として、命を賭けて戦ってきたなんて……

 そう思うと、むしょうにおかしくなってきて、笑えた。


「……もういいか」


 どうでもよくなる。

 生きていることが面倒になる。


 心が絶望に塗りつぶされて……

 希望の光が消えて、黒一色に染まる。


「終わりにするか……どうせ、俺は『求められていない存在』だからな……」


 生きる気力が完全に失われたところで……

 同時に、体から力が抜けた。

 一昼夜走り続けるなど、無茶をしていたせいだ。

 限界を超えて酷使された体はボロボロで、そのまま地面に倒れてしまう。


 頭の中にもやがかかるように、意識が曖昧になってきた。


「ここで終わり……か」


 どうでもいい。

 もう、こんな世界に未練はない。


 俺は、そっと目を閉じて……


「あ……うぅ?」


 意識が途絶える寸前に、小さな足音と声が聞こえたような気がした。




――――――――――




「……ここは?」


 目を開けると、小さな小屋で寝ていた。

 いや、小屋といっていいのだろうか?

 壁も天井もボロボロで、ところどころに穴が空いている。

 そこから入り込んだであろう雨のせいで木々が腐食して、あちこちが腐っていた。


 落ち葉などのゴミがあふれる床の上に、俺は寝ていた。


「なんで、こんなところに……? というか、俺、生きているのか……?」


 てっきり、あのまま死んだものかと……


「……起きた?」


 鈴を鳴らすような声が響いた。


 顔を動かすと、10歳くらいの女の子が見えた。

 長い髪は伸び放題で、オマケに黒く汚れている。

 服はボロボロの布切れ一枚で、靴はない。


 このおんぼろ小屋を根城にしている浮浪児なのだろう。


 ただ……その瞳は、とても綺麗だった。

 エメラルドグリーンの瞳は、まるで宝石のようだ。

 キラキラと輝いている。

 じっと見ていると、そのまま吸い込まれてしまいそうだ。


 それと、もう一つ、目を引くポイントがあった。

 それは、女の子の頭でぴょこぴょこと揺れる猫耳。

 それと、お尻の辺りから伸びた尻尾。


 間違いない。

 彼女は、『魔族』だ。


 魔族と呼ばれる種族が存在する。

 過去に、魔物の血をその身に受け入れた一族のことだ。

 魔物の血を受け継いでいることが原因で、体の一部が変化するということがある。

 この子の場合は、猫耳と尻尾に魔族としての特徴が現れている。


 とはいえ、慌てることはない。


 魔族は人と違う外見をしているものの……

 別に、その存在が悪というわけではない。

 同じ言葉を話すことができるし、うれしい時には笑い、辛い時には泣く。

 姿形が多少違うだけで、その本質は人と変わらないのだ。


 でも……どうして、こんなところに魔族の女の子が?

 しかも、見たところ親兄弟はいないみたいだし……


「キミは……ごほっ、ごほっ」


 問いかけようとしたら、咳き込んでしまう。

 喉がカラカラだ。

 思えば、昨日から何も飲んでいないからな……


「お水……飲む?」

「ああ、ありがとう」


 水の入ったコップを差し出されて、それを一気に飲んだ。

 喉の渇きが満たされて、それだけでだいぶ楽になった。

 体を起こす。


「ふう……助かったよ。ありがとう」

「ううん……どう、いたしまして……」


 女の子は小さな声で答える。

 その声音には、こちらを警戒するような感情が含まれていた。


 まあ、当然だろうな。

 今の俺は、女の子と同じくらいに全身がボロボロで、浮浪者と変わらない。

 勇者だ、なんて言っても信じてもらえないだろう。


「えっと……キミが俺を助けてくれたのか?」

「ん……山菜を探していたら、倒れているところを見つけて……それで……」

「そっか……ありがとう」


 死ぬつもりだったのだけど……

 さすがにそんなことは言えず、素直に少女に礼を言った。


「ちなみに……ここがどこなのか、わかるか?」

「アルドミアの……南の方、だよ。すごい……田舎。田舎の村……」


 アルドミア帝国。

 大陸中央に位置する国家で、豊かな資源を持つ、強大な国家だ。


 ちなみに、その南にはイングリーズ王国がある。

 俺を追放した、あのどうしようもない王が納める国だ。


「そうか……やっぱり、国境を越えることには成功していたのか……」

「越える……?」

「いや、なんでもないよ」


 俺の素性を知れば、巻き込んでしまうかもしれない。

 なので、適当にごまかしておいた。


「それじゃあ、俺は行くよ。助けてくれてありがとう」

「大丈夫……なの?」

「ああ、問題ない」


 本当は問題がある。

 体のあちこちが痛いし、まともに寝ていないから……今までは気絶していただけだ……魔力も大して回復していない。


 でも……


 どうせ死ぬつもりなのだから、関係ない。

 ここを出て……

 少女に迷惑をかけないところで、今度こそ死ぬことにしよう。


「じゃあな」

「ん……」


 少女は頷いて……


「うっ……あっ、あああぁ、ああああああああああぁ!!!?」


 次の瞬間、少女の様子が一変した。

 胸を両手でおさえて、床の上に倒れる。

 そのまま悲鳴をあげて、脂汗を流して、苦悶の表情を浮かべる。


「おいっ!? どうしたんだ、大丈夫か? おいっ!?」

「あっ、あああぅ……うあ、やあああ、あうううううっ!!!」

「これは……!?」


 苦しそうにもがく少女の体に、鎖のような痣が浮かんだ。

 それこそが彼女を苦しめているものだというように、鎖の形をした痣は、不気味な色を放ちながら明滅する。


 『呪怨の鎖』


 それは、呪いの魔法だ。

 定期的に発動して、対象の体力と魔力を少しずつ奪い取る。

 さながら、真綿で首を締めるように、じわじわとなぶり殺していくという、悪趣味極まりない呪いだ。

 どうして、こんな小さな子が呪いをかけられて……?


「って、バカか俺は!」


 今は考えている場合じゃない。

 この子を助けないと!

 自暴自棄になったダメダメな勇者だけど……それでも、目の前で苦しんでいる女の子を見捨てられるほど、腐っているつもりはない。


「しっかりしろ! 今、助けてやるからなっ」

「あ、うううっ……だい、じょうぶ……だから……うぐっ……いつもの、ことだから……少し我慢すれば……治る……あうっ!? うあ、あああああっ!!!?」


 苦痛にもがく少女をおさえて、呪いの中心である胸に手を当てる。

 少女の体に直接魔力を流し込み、呪怨の鎖を構成する術式を破壊する!


 しかし、呪怨の鎖は非常に高等な魔法だ。

 今の俺の魔力で、術式を破壊することができるだろうか……?


 いや、弱気になるな!

 できるだろうか、と迷っている場合じゃない。やるんだ!


「すぐに助けてやるからな!」


 覚悟を決めて、少女の体に魔力を注ぎ込む。


「うっ、あああぁ、あううううううっ!!!?」


 少女の体がびくんと跳ねた。

 今まで以上に、苦しそうな声がこぼれる。


 でも、こうしなければ呪怨の鎖を消滅させることはできない。

 苦しいかもしれないが、なんとか我慢してほしい。


「ぐっ、くうううっ……!?」


 ありったけの魔力を注ぎ込むけれど……それでも、術式を破壊するに至らない。

 魔力が足りない。

 せめて、万全の状態であれば……


「あっ、あううう……うぅ……もう……いいよ……」

「え?」

「私は、もう……このまま、終わりでも……いい、から……あうっ、うううううぅ……!?」


 こんな小さい女の子が、俺と同じように人生を諦めている。

 そんなこと……納得できるわけがない!


 一度、死のうとした俺が言えたことじゃないかもしれないが……

 この子は生きるべきだ。

 生きる権利がある!


「絶対に……助けてみせるっ!!!」


 この子を助ける。

 そのことだけを考えて、他のことは考えず……

 ただただ、全力で魔力を注ぎ込んだ。


 そして……


「……あ……うぅ……?」


 少女の悲鳴が止んだ。

 それと同時に、鎖の痣が消えていく。


「えっと……あれ……?」


 不思議そうにする少女は、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

 それから、ゆっくりと体を起こす。


 呪いが消えていなければ、後遺症のような症状が残るのだけど……そんな様子は見られない。

 呪いが発動する前と同じように、少女は元気そうにしていた。

 どうやら、無事に解呪することができたようだ。


「ふう……うまくいったか」

「体が……軽いよ……なんで?」

「安心していいぞ。もう呪いは消えたからな」

「消えた……?」

「俺が消した。呪怨の鎖は厄介なものだけど、一度解呪してしまえば、後遺症などは残らないから……って、小難しい話はどうでもいいか。とにかく、もう苦しい思いをすることはないぞ」

「あ……」


 呪いから解放されたという実感が湧いてきたのだろう。

 少女は、自分の体を確認するように手足を動かして、異常がないことを確かめる。

 それから、俺を見て……


「あの……」

「うん?」

「あり……がと……」


 にっこりと笑った。


 少女の笑顔は、とても綺麗なものだった。

 まるで太陽のような笑顔だ。

 全てのものを明るく照らしてくれて、導いてくれるような……

 そんな優しい優しい笑顔だった。


「あ……」


 少女の笑顔を見ていると、俺の中にあるドロドロとした暗い感情が浄化されていくみたいで……


「くっ……う、うあああ……」


 知らず知らずのうちに涙がこぼれてしまう。


「どう……したの……?」

「いや……なんでもない、なんでもないんだけど……でも……涙が止まらなくて……どうしようもない世界だと思っていたんだけど……でも、違った。まだ、こんなにも綺麗なものがあるんだ……それを知らなかっただけなんだ……そう思うと、ダメだ……感情がコントロールできない……ああもう、くそっ……本当に、もう……」

「んー……いいこ、いいこ」


 慰めようとしてくれたのだろう。

 少女は、俺の頭を撫でた。


 ……そんな少女の温もりを感じながら、俺はしばらくの間、涙を流し続けた。

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