19話 これからのこと
領主の事件から一週間が経過した。
俺とエステルは、未だ村に滞在している。
というのも……
「二人なら好きなだけ泊まってくれて構わないよ。もちろん、宿代はいらないさ。悪いことをしたし……それに、ろくでなしの領主を殴って、この村を救ってもらったからね」
そんなことを女将に言われて、滞在を勧められたのだ。
別に急ぐ旅でもない。
そもそもは、エステルが穏やかに暮らせるところを求めての旅なのだ。
この村は子供がいなくて、老人が多い。
エステルは老人達から実の孫のようにかわいがられていた。
魔族ということは誰も気にしていないらしく、ダダ甘だ。
散歩に出れば話しかけられて、頭を撫でられて、甘い果物をもらい……
「ん~♪」
最初はビクビクしていたが、今ではすっかり慣れた様子で、エステルは楽しそうに村での日々を過ごしていた。
このまま、のんびりとするのも悪くない。
そんなことを思い始めた、ある日のことだ。
夜。
エステルが寝た後、俺は下に降りて、一人で酒を飲んでいた。
エステルと一緒に過ごす時間は大切なのだけど……
まだまだ子供だから、寝る時間が早いんだよな。
エステルが寝るまでは傍についているのだけど……
その後は、こうして部屋を抜け出して、一人でゆっくりと過ごしている。
子供の体力はすごいからな。
一日中、遊びに付き合うとヘトヘトになってしまう。
こうして夜に休んでおかないと、翌日が保たないのだ。
「ふう」
酒を飲み、つまみにチーズを食べる。
心地いい時間に、日々の疲れが癒されていくみたいだ。
「ちょっといいかい?」
のんびりしていると、女将が話しかけてきた。
「酒を飲んでるところ悪いんだけど、話があるんだ」
「話? どんなものだ?」
やはり、宿代の話だろうか?
女将は構わないと言ってくれているが、他にほとんど客がいない状況だと、厳しいだろうし……
まあ、そうだとしても問題はない。
キャラバンに剣を売った金はまだ残っている。
そんなことを予想するが、思わぬことを問いかけられてしまう。
「あんた……この村に住むつもりはないかい?」
「え?」
予想外の言葉に驚いてしまう。
「どうして、そんな話を?」
「エステルちゃんは村に馴染んでいるみたいだからね。このままここで暮らすのも、悪くないことじゃないか、って思ったんだ。あと、あんたもここの生活を気に入っているじゃないかい?」
「そう、だな……悪くないとは思っている」
今まで戦いばかりで、こんな風にのんびり過ごすことなんてできなかった。
この村に来て、始めてゆっくりすることができた。
ここの生活は悪くないと思い始めている。
「村の仲間が増えることはうれしいことだし、それが二人なら大歓迎だよ」
「……その話は、他の人も知っているのか?」
「ああ、もちろんさ。私の独断じゃなくて、村のみんなで話し合って決めたことだよ」
「そうか」
この村でエステルと一緒にのんびりと過ごす……それも悪くない。
ただ、俺一人で決めるわけにはいかない。
エステルの意見を聞いて、それからでないとダメだ。
「少し待ってくれないか? まずは、エステルと話し合いたい」
「ああ、わかっているよ。答えはいつでもいいからね」
「ありがとう」
女将の優しい顔に癒やされるものを感じながら、もう一口、酒を飲んだ。
――――――――――
翌朝。
朝食を終えた後、いつもなら散歩に出るのだけど、今日は部屋に戻ることにした。
いつもと違う行動に、エステルが不思議そうにしている。
「お散歩……行かないの?」
「その前に、話しておきたいことがあるんだ」
「お話?」
「ああ。実は……」
昨夜の女将の話をした。
エステルの顔が真面目なものになる。
「……と、いうわけなんだ」
「……」
「俺としては、この村で暮らすのも悪くない選択肢だと思う。皆、良い人だからな。東クリモアで受け入れられるかわからないし……ここに腰を落ち着けるのもアリじゃないか?」
「んぅ……良いと思う、けど」
「けど?」
「あぅ……」
問いかけると、エステルは微妙な顔をして、ふるふると首を横に振る。
「ううん……なんでも、ないよ」
隠し事というか、自分の気持ちを明らかにしていないことは確かだ。
今まで劣悪な環境にいたせいか、エステルは自分の意思を表にすることがない。
それは寂しいことだ。
「俺はエステルのなんだ?」
「……おとうさん?」
「ああ、そうだ。俺は、エステルのおとうさんだ。家族だから、隠し事はしないでほしい」
「……」
「もちろん、家族だからってなんでも話せるわけじゃないし、秘密にしたいことの一つや二つ、あると思う。でも、俺に対して遠慮をしているなら……そういうことはなしにしてほしい。気にしないで、素直な気持ちを聞かせてほしい。それが家族っていうものだろう?」
「おとうさん……んっ、ごめんなさい。私、ちょっと我慢してた……おとうさんが言うのなら、それでいい、って……私の気持ち、なかったことにしようとしてた」
「謝る必要はないぞ。エステルは、もっと自由にしていいからな。ただ、それだけの話だ」
「んっ」
エステルは気を取り直した様子で、俺の顔をしっかりと見た。
そして、自分の口で自分の気持ちを伝える。
「この村は……とても、いいところだよ? みんな、優しい……」
「そうだな、優しいな」
「ここで暮らすことができたら、うれしいと思う。でも、その……私のわがまま、なんだけど……その……」
「大丈夫だ。ゆっくりでいいから……エステルの気持ち、教えてくれないか?」
「あの、ね……? 友達が……ほしいなあ、って」
なるほど、と納得した。
この村は確かに過ごしやすい。
誰も彼も優しくしてくれて、エステルが魔族であることを理由に迫害する人もいない。
しかし、子供がいない。
エステルの友達になれるような人がいない。
小さい子供にしてみれば、大きな問題だろう。
ましてや、今までのエステルの境遇を考えると、それを単なるわがままと片付けることはできなかった。
家族がいなくて、ずっと独りで生きてきて……
孤独の中にいたエステルが、同い年の友達を求めることのなにが悪いか?
悪いことなんてない。
とてもまっすぐで、正しい意見だ。
「そっか、エステルは友達がほしいんだな」
「んぅ……一緒に遊べる子がいたら、すごくうれしいかな……って」
エステルがしょんぼりしてしまう。
わがままを言っているのではないか? と心配なのだろう。
その心配を解消するように、頭を撫でてやる。
「問題ないぞ。エステルが言うことは、誰でも望むようなことだ。わがままなんかじゃない」
「本当に?」
「ああ。友達が欲しいなんて、当たり前の気持ちを否定するつもりはないさ。というか、今まで気づけなかった俺に問題があるな、悪かった」
「ううんっ……おとうさんは、すごくよくしてくれて……私、おとうさんと一緒にいられて幸せだよ?」
「ぐふっ!?」
エステルの笑顔にノックアウトされるかと思った。
「でも……友達もいたら、もっとうれしいかな……って。だから、私のわがまま」
「いいさ。それがわがままだとしても……そのわがままを叶えるのが大人であり、おとうさんの役目だ」
「ん……ありがと、おとうさん」
エステルがぎゅうっと抱きついてきた。
尻尾がうれしそうにふりふりと揺れている。
まだまだ甘えたいざかりの年頃だ。
友達が欲しいというのも、当たり前の感情だろう。
それを阻害することなく、叶えてやらないといけないな。
「よしっ、それじゃあ、今後の方針はこれで決まりだ。村の人の誘いはうれしいが……俺達はここを出ることにしよう」
「んっ」
「当初の予定通り、東クリモアを目指そうか。あそこならたくさんの人がいるし、子供もいっぱいいるだろう」
「友達……できるかな?」
「できるさ。100人作れるぞ」
「わっ、わっ。そんなにいたら、大変なことになっちゃう……毎日毎日、ずっと遊べるよ」
友達もいいけれど、俺のことも忘れないでくれよ?
ちょっとだけ、そんな危機感を抱く俺だった。
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