18話 記念日
娘になったエステルは、よく甘えてくるようになった。
具体的に言うと、今まで以上に笑顔を見せてくれるようになり、ちょくちょく抱きついてきた。
一緒にいることがうれしいらしく、特になにをするわけでもなく、隣にいてにこにこと笑っている。
俺の娘は天使じゃないだろうか?
そんなことを真面目に考えるくらい、エステルがかわいい。
どこに行く時も一緒で。
トテトテと後ろをついてくるエステルを見ていると、頬がだらしなく緩んでしまう。
でも、仕方ないだろう?
エステルがかわいいのがいけないんだ。
俺のせいじゃない。
なんて、親バカなことを考えつつ、エステルと一緒の時間を過ごしていたのだけど……
――――――――――
「あれ?」
昼飯を食べて、部屋に戻る。
午後もエステルと一緒に過ごそう、と思っていたら、肝心の娘の姿が見当たらない。
「さっきまで、一緒に飯を食べていたんだけどな……?」
エステルは肉は大好きだけど、野菜はあまり好きではないらしい。
特にピーマンがダメだ。
仇を見るような顔をして、ピーマンをせっせとより分けていた。
注意したら、しょんぼりされた。
そんなところもかわいい。
「って、違う」
話が逸れた。
エステルのかわいさについては後で語るとして、その本人はどこへ行ったのだろうか?
気がついたら姿を消していた。
束縛するのもどうかと思うし、好きに行動するように伝えている。
村の外に行くことは禁じているから、外に出たという心配はいらないと思うが……
「それでも、心配になるんだよな」
部屋を出て、一階へ。
いつもなら女将が店番をしているのだけど、今日は誰もいない。
休憩だろうか?
客が来たら、どうするつもりなのだろう?
まあ、こんな辺境の村を訪ねる人なんてそうそういないから、問題はないか。
失礼なことを考えていると、奥の厨房から女将が姿を見せた。
「おや? どうかしたのかい?」
「エステル……娘を探しているんだけど、見かけなかったか?」
「エステルちゃんなら厨房にいるよ」
なんでそんなところに?
疑問に思いながら、厨房に足を……
「おっと、待ちな」
なぜか、女将が道をふさいだ。
「今、あんたを厨房に入れるわけにはいかないね」
「どういうことだ?」
「んー……悪いね。具体的なことは言えないんだ。どうも、エステルちゃんはサプライズをしたいみたいだからね」
「サプライズ……?」
「おっと、口が滑ったみたいだね。とにかく……エステルちゃんはしっかりと見ておくから、あんたは部屋で待っているといいよ。きっと、良いことがあるよ」
「しかしだな……」
「今、無理に厨房に入ると、エステルちゃんに嫌われるかもしれないよ」
「わかった。部屋で待っていよう」
俺は素直に部屋に引き返した。
エステルに嫌われるかもしれない、なんて言われたら、従うしかないだろう?
ごくごく当たり前の行動をとったまでのことだ。
――――――――――
「日が暮れてしまった……」
エステルのことが気になりつつ、そわそわしながら部屋で待機して……
そうしているうちに夜になってしまった。
「独りは……寂しいな」
などとたそがれていても仕方ない。
エステルがなにをしているかわからないが……
そろそろ飯を食べないといけない。
「さすがに、飯に呼ぶことは問題ないよな?」
なんとなく、エステルに拒絶されるシーンを思い浮かんだ。
「おとうさんと一緒にごはん食べたくない!」とエステルに睨まれる。
「ぐはっ……!?」
心にものすごいダメージを負った。
まさか、これほどの破壊力があるなんて……
エステルが反抗期になったら、俺は死んでしまうかもしれない。
「……おとうさん? いる?」
一人悶ていると、扉の向こうからエステルの声がした。
「エステル? どうしたんだ? まさか……本当に反抗期に!?」
「ふぇ……はんこーき……?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「えっと……扉を開けて、ほしいの。今、両手がふさがっていて……」
「わかった」
なにか持っているのだろうか?
不思議に思いながら扉を開ける。
「えへへ」
笑顔のエステルが部屋に入ってきた。
その両手には、たくさんの料理を乗せたトレーが。
「それは?」
「えっと、ね……ごはん、作ってみたの」
「もしかして、エステルの手料理?」
「うん」
照れくさそうにしながら、エステルがちらちらと俺を見た。
尻尾がゆらりゆらりと落ち着きなく揺れていて、感想を求めていることがわかる。
料理は手が込んだものではなくて、シンプルなメニューだった。
パンとスープ、それとカットされた果物。
パンは形はやや歪だけど、ふっくらと膨らんでいて美味しそうだ。
エステルらしいというべきか、スープにはたくさんの肉が入っていた。
果物は一口サイズにカットされていて、食べやすいように工夫されている。
「これ、全部エステルが……?」
「うん」
「すごいな! こんなものが作れるなんて……俺でも、ここまでのものは作れないぞ」
「えへへ……教えてもらいながら、だけど……がんばった」
褒められたことで、エステルはうれしそうに笑った。
「でも、どうして料理を?」
「えっと……今日は、記念日だから」
「記念日?」
「えと、その……私とおとうさんが家族になった記念日♪」
にっこりと笑いながら、エステルが言う。
そんなにうれしいことを言われたら、たまらなくなってしまう。
思わず、エステルの頭をよしよしと撫でた。
「おとうさん?」
「ありがとな。こんなサプライズを用意してくれるなんて、すごくうれしいよ」
「サプライズ、成功?」
「ああ、大成功だ」
「えへへ……やった♪」
「よしよし」
「ふぁ」
続けて頭をなでなでしていたら、エステルが逃げてしまう。
照れが限界に達したみたいだ。
「えと、その……ごはん、食べよ?」
「そうだな。せっかくエステルが作ったものだからな。冷めないうちに食べるか」
「んっ♪」
エステルの料理を食べて、温かい時間を過ごした。
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