17話 おとうさん
幸いと言うべきか……
帝国兵は、ブランドールのように腐っていなかった。
騒動を知り、他の街から帝国兵が駆けつけてきたが……
俺は逮捕されることはなく、逆に、権力の乱用及び数々の余罪でブランドールが逮捕されることになった。
元々、ブランドールは行き過ぎた行為が目に余り、帝国の上層部の間でマークされていたらしい。
そこに、エステルの誘拐と暴行未遂がきっかけになり、上層部はブランドールを捕まえることを決意して……
今に至る、というわけだ。
ちなみに、俺はブランドール逮捕に貢献した旅人ということで、罰を受けるどころか感謝状を送られることになった。
感謝状なんてどうでもいいが……
もらって困るものではないので、素直に受け取っておくことにした。
そうして……
俺の一撃で半死になったブランドールは逮捕された。
怪我が治り次第、奴隷として鉱山に送られることになっている。
村には新しい領主が派遣されて、まともな治世が行われることになった。
そして俺たちは……
――――――――――
「んぅ……?」
窓から差し込む陽光でエステルが目を覚ました。
体を起こして、眠そうな目を手の甲でごしごしと擦る。
それから、キョロキョロと周囲を見回して……
「セツナ……!」
俺の姿を見つけると、胸に飛び込んできた。
そのまま、スリスリと頬を寄せる。
「んぅ……♪」
「どうした? やけに甘えん坊だな。怖い夢でも見たか?」
ちなみに、ここは村の宿の一室だ。
女将は俺たちを助けられなかったことを悔いていて……
せめてもの償いにと、部屋を貸してくれた。
言うなれば、女将もブランドールの被害者なのだ。
無理矢理従わされて、望んでもいないことをさせられてきた。
そこまで気にすることはないのだけど……
エステルの体調の問題があったため、素直に部屋を借りることにした。
あれから三日……。
エステルはすっかり元気になって、俺の胸の中で、こうしてはしゃいでいる。
「セツナ……おは、よう♪」
「ああ、おはよう。エステル」
「んぅ~♪」
なにがうれしいのか、エステルがぐりぐりと頭を押しつけてくる。
ちょっと痛い。
でも、エステルがうれしそうにしているから、そのままにさせておいた。
「怖い夢は……見て、ないよ……?」
「そうなのか? それにしては、やけに甘えてくるというか……」
「ダメ……かな?」
「いいや、ダメじゃないぞ。俺もエステルを甘やかしたい気分だったんだ」
「きゃー♪」
わしわしと頭を撫でてやると、エステルが楽しそうな声をあげた。
感情を表現するように、尻尾がぴょこぴょこと落ち着きなく揺れている。
「……」
エステルの笑顔を見て、胸に温かいものが広がるのを感じた。
この子はよく笑うようになった。
まだぎこちないところはあるし、人見知りなところはあるが……
それでも、明るい笑顔を見せてくれるようになった。
俺は、エステルの力になれただろうか?
エステルが笑えるようになったことに、少しでも俺が関わっていたとしたら……
それは、とてもうれしいことのように思えた。
かつての俺は、勇者として魔王と戦っていたけど……
世界の平和を考えることはあっても、個人個人を気にしたことはなかった。
傲慢だったのだろう。
世界を救うという使命感で動いていただけで、個人のことを気にしないなんて……
どちらも救うべき対象なのに。
でも、今は違う。
エステルを笑顔にすることができた。
個人を救うことができた。
俺のやったことは間違いではないと、そう言われたような気がして……
心が軽くなる。
「……どう、したの?」
気がつくと、エステルが心配そうな顔をしていた。
じっと俺の顔を見つめている。
「いや……なんでもない。ちょっと、エステルと出会えたことに感謝していただけだ」
「んぅ? 私と……?」
「エステルと出会えたことで、色々とあったからな」
「色々……うれしい?」
「ああ、うれしいぞ」
「んぅ」
気持ちを伝えるようにエステルを撫でた。
エステルは耳をぴょこぴょこさせて、気持ちよさそうな顔をした。
「あの、ね……私も、うれしいよ……」
「うん?」
「セツナと、会えて……うれしい、の。笑顔に……なるの。にへら、ってなっちゃう……」
「そっか」
「あと……この前も、うれしかったよ」
ちょっと照れている様子で、エステルがそんなことを口にした。
この前というと、どのことだろうか?
首を傾げると、エステルが説明をしてくれる。
「私が、悪い人に……襲われそうになった、時のこと……だよ」
「ひょっとして、ブランドールのことか? 元領主の?」
「んぅ」
コクリとエステルが頷いた。
「セツナに助けて、ほしいって……そう、思っていて……そうしたら、本当に来てくれて……うれしかった」
「約束しただろう? エステルのことは守る、って」
「んっ」
エステルが笑顔で頬をこすりつけてきた。
それから……じっと、俺の顔を見る。
「そ、それと……ね?」
なんだろう?
エステルは照れくさそうな顔をして、少しずつ言葉を紡ぐ。
「あの言葉も……うれしかった、の」
「あの言葉?」
どの言葉だろうか?
「えと、その……あの……」
「教えてくれないか?」
「ん……セツナが、部屋に飛び込んできた、時のことだよ……」
「部屋に飛び込んだ時? 俺、なにか言ったっけ?」
「……俺の娘に手を出すな、って」
エステルが恥ずかしそうに、照れ照れに言った。
……そういえば、勢いに任せてそんなことを口にした覚えがある。
今にして考えると、かなり恥ずかしい。
というか、勝手に娘呼ばわりして、エステルは怒ってないだろうか? 不快に思っていないだろうか?
恐る恐るエステルの顔を見ると……
彼女はにっこりと、太陽のように笑っていた。
「うれしかった、な……セツナが娘、って言ってくれて……胸がぽかぽかしたの」
「……そっか」
無性にエステルが愛おしくなり……
自然と、とある言葉が飛び出る。
その言葉というのは……
「なら……本当に、俺の娘になるか?」
エステルと家族になる。
前々から考えていたことだけど……エステルがどう思っているのかわからず、口にすることはなかった。
でも、今なら……
「本当、に……? 私を……娘にして、くれるの……?」
「エステルさえ良ければ。というか……俺がそうしたいというか、エステルと一緒に……家族になりたいというか……どうだ?」
エステルは目を大きくして……
次いで、その瞳にじわりと涙を浮かべた。
でも、顔は笑顔のままだ。
「うれしい……私、ずっと独りだと思っていた、から……すごくうれしいよ……」
「今日からは、独りなんかじゃないからな。今から、俺とエステルは家族だ。エステルは、俺の娘だ」
「んっ」
エステルが再び抱きついてきた。
「あの……ね?」
「なんだ?」
「セツナ、じゃなくて……その、えと……」
エステルは、ふらふらと視線をさまよわせて……
それから、恥ずかしそうに頬を染めつつ、ぽつりと言う。
「おとうさん……って、呼んでもいい……?」
「ぐはっ」
とんでもない衝撃を心に受けて、思わず倒れてしまいそうになる。
「お、おとうさん……!?」
「エステル……もう一回頼む」
「おとうさん……?」
「もう一回!」
「おとうさん」
「オマケの一回!」
「えへへ……おとうさん♪」
そんなバカなやりとりを繰り返して……
今日。
俺とエステルは『家族』になった。
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