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15話 悪意

 領主というだけあって、ブランドールの屋敷は広い。

 いくつもの綺麗な客室があった。


 そのうちの一室を借りる。

 ベッドにそっとエステルを寝かせて、布団をかけてやる。


「あぅ……セツナぁ……」


 はぁはぁと熱い吐息をこぼすエステル。

 その顔色は悪いままだ。


 苦しそうにしているエステルを見ると、胸が痛くなる。

 それと同時に、無力感と、自分に対する不甲斐なさを覚えた。


 エステルが苦しんでいるのに、俺はなにもすることができない。

 それに……

 ここまで悪化して、ようやくエステルの異変に気づいた。


 気づくのが遅すぎるだろう……

 俺はなにをやっていたんだ?

 この子を守るんじゃなかったのか?

 それなのに……


「失礼するよ」


 ブランドールの声がして、ぐるぐるとループする負の思考から抜け出した。


「様子はどうかね?」

「……苦しそうにしている」

「一応、薬を持ってきた。飲ませるといい」

「すまない、助かる」


 ブランドールが持ってきた薬をエステルに飲ませた。

 すると、苦しそうにしていたエステルの表情が和らいだ。

 完全にというわけではないが、熱も下がったみたいだ。


「ふむ。ウチにある風邪薬なのだったが、効いたみたいだね」

「よかった……」


 気が抜けて、大きな吐息をこぼした。


 とはいえ、まだまだ油断はできないか。

 完全に治ったわけではないし、下手したら、ここから悪化する可能性もある。

 どうにかしないと……


「ところで……この子は魔族なのかね?」


 ブランドールの視線が、エステルの猫耳に向けられていた。

 手の平を返すように、出て行けと追い出されるだろうか?

 思わず警戒してしまう。


「ああ、そうだ……それが?」

「いや。珍しいと思ってね」


 ブランドールの目に、エステルに対する嫌悪などの悪感情は浮かんでいない。

 領主という立場だから、魔族に対する差別感情を持たないのだろうか?


 わからないが……

 きちんと確認しておいた方がいいだろう。


「あんたは、エステルのことをどう思う?」

「どう、とは?」

「魔族のことを……嫌悪していないのか?」

「そうだね……」


 ブランドールは考えるような仕草をとり、ややあって口を開く。


「魔族は犯罪者になる可能性が高い、というデータがある。故に、簡単に心を許すことはないだろう」

「……」

「しかし、この子はまだ幼い。こんな子を必要以上に警戒することはないだろう。それに、とてもかわいらしい子ではないか。このような子を嫌悪するなど、あえりえないことだよ」

「……そうか」


 ブランドールはウソを言っているように見えない。

 犯罪者であれば別だが……

 そうでないのならば、魔族であろうと、無意味に嫌悪することはないのだろう。


 しかし……どこか、引っかかるものを感じた。


 ブランドールの目だ。

 エステルを見る目に、どこか違和感を覚える。

 ねっとりと絡みつくようなもので、まるで……そう、クモが獲物に狙いを定めているような……そんな目をしていた。


「うぅ……」

「エステル!?」


 エステルの弱々しいうめき声が聞こえて、考えていることが霧散してしまう。

 今はブランドールのことなんてどうでもいい。

 エステルのことだけを考えないと!


「この村に医者はいないのか?」

「このような辺鄙なところだから、常駐の医者はいない。往診に来てくれる医者はいるが、今はその時期じゃないな……」

「くっ……」

「すまないね、力になれなくて」

「いや……寝るところを貸してくれるだけでもありがたい」

「そう言ってもらえると助かるよ。時に……セツナ君は、腕に覚えはあるかな?」


 突然、ブランドールが話題を変更した。

 なんの話だろうと思うけれど、エステルを助けてくれた恩人なので、無視はしないで素直に答える。


「それなりに力はあるつもりだ」

「そうか。ならば、薬草を採りに行くという手もあるが……」

「薬草? そんなものがこの近く?」

「近くではなくて、遠いのだけどね。歩いて数時間、というところか。風邪によく効く薬草が生えているのだよ。この村に往診に来る医者も、よくその薬草を使用している」

「その薬草の特徴と、生えているところを教えてくれ」

「ふむ。しかし、魔物が出ると言われていて……」

「構わない。教えてくれ」


 迷うことなく言う。

 エステルのためにできることがあるのなら、なんでもする。

 魔物なんて切り伏せるまでだ。


「……わかった。そこまで言うのならば、教えよう」

「助かる」

「しかし、本当に行くのかね? 時間がかかるし、魔物も出るぞ?」

「かまわない」

「そうか、決意は固いのだね。ならば、止めることはしないでおこう」


 なぜか、この時。

 ブランドールが笑っているような気がした。


 しかし、エステルのことで頭がいっぱいで……

 その笑みの意味に気づくことはできなかった。




――――――――――




 ブランドールから薬草が生えて場所を教えてもらい……

 俺はすぐに屋敷を後にした。


 薬草が生えている場所は、村の南にある森の中だ。

 俺は村を突き抜けるようにして横断して、村の外へ……


「あれ? あんたは……」


 聞き覚えのある声に振り返ると、宿屋の女将がいた。

 買い物の途中らしく、袋を手に下げていた。


「どうしたんだい、こんなところで? 娘さんは?」

「……ブランドールの屋敷で寝ている」

「え?」

「なかなか熱が下がらないから、薬草を採りに行くことにしたんだ。薬草について、詳しいことを知らないか?」


 わざわざ足を止めて話をしたのは、薬草について、さらなる情報を求めてのことだ。

 情報が多いに越したことはないからな。


「あんた、今すぐ引き返した方がいい!」

「なに?」


 なぜか、女将は慌てていた。


「どういうことだ? なぜ、そんなことを言う?」

「そ、それは……」


 女将は目を逸らす。

 なにか隠し事をしているのは間違いないだろう。

 しかも、俺とエステルに関わることを隠している。


 嫌な予感がした。


「教えてくれ、頼む」

「……あたしが話したということは、黙っておいてほしい」

「約束する」

「あの領主は……最低の男なんだよ」

「なぜだ?」

「生粋の女好きで、かわいい子ならば他人のものであろうと構わないんだよ。しかも、年齢も関係ないと来た」

「……待て。それは、まさか……」

「あんたの娘は領主に狙われているんだ。今すぐに戻らないと、取り返しのつかないことになるかもしれない」

「なっ……」

「この辺りに薬草なんて生えていないよ。あんたを引き離すためのウソさ。あんたを引き離して、その間にあの子を……でも、あの領主に目をつけられたから、もう手遅れかもしれないね。あいつは何度も事件を起こして、その度に権力を使いもみ消してきた。どうすることもできない……」

「くっ!」


 俺はくるりと反転した。


「どこへ行くんだい!?」

「決まっているっ、エステルのところだ!」

「で、でも、もう無理だよ。今行っても追い返されるだろうし、相手は領主だから、手荒なことをしても……そもそも、私兵が雇われているだろうし……」

「そんなもの関係ない!」


 今来た道を引き返して、エステルのところへ駆ける。


「俺はエステルを守ると約束した! 絶対に、その約束を違えることはしないっ」

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