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13話 呼び方

 旅を始めて三日が経過した。


 エステルのペースに合わせて、ゆっくりと街道を歩く。

 隣を歩くエステルは、てくてくと足を進める。


 時折、蝶などに気を取られてしまいそうになるので、そういう時のために手をつないで歩くことにした。

 一度、気がついたら遠くにいた、っていうことがあったからな。

 子供は目を離したらいけない生き物だ。

 そう学んだ。


「……セツナ」

「うん?」


 もじもじとした様子で、エステルが足を止めた。

 尻尾が落ち着きなく揺れている。


 この様子は、もしかして……


「トイレか?」

「……ん」


 恥ずかしそうにしながら、エステルが頷いた。


 家なんてないので、トイレもない。

 なので……


「わかった。それじゃあ……そこに茂みがあるから」

「ん」


 街道から少し離れたところにある、小さな茂みを指さした。


「待ってて、ね?」

「ああ」


 俺と離れる時は、エステルはちょっと不安そうな顔になる。

 もしかしたら、置いていかれるのではないか、と思っているのかもしれない。

 エステルの今までの境遇を考えれば、仕方のないことだ。


 でも、俺も同じように不安を持っている。


「一人で大丈夫か? 近くまで、俺もついていこうか?」

「だ、大丈夫……!」


 慌てた様子で、エステルは首を横に振る。

 その頬は、朱色に染まっていた。

 恥ずかしいらしい。


 まあ、当たり前だよな。

 エステルは女の子だ。

 幼いとはいえ、トイレの際に男が近くにいるなんて、たまらないだろう。


 でも……一時とはいえ、目の届かないところに行くのは不安なんだよなあ。

 トイレに行っている間に、なにかが起きるかもしれない。

 そう考えると、どうしても過保護になってしまう。


「本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫……だから……ついて、こないで……!」

「でも……」

「本当に……ダメ、だからね?」


 わりと強い口調で言われてしまった。

 そこまで拒否しなくてもいいのに……しゅん。


「わかった。ここで待っているよ」

「ん」

「でも、なにかあった時は、すぐに俺を呼ぶんだぞ? 大きな声を出すんだぞ?」

「わかった」


 コクリと頷いて、エステルは、タタタと茂みの方に駆けていった。

 わりと我慢の限界だったのかもしれない。

 あれこれと話して、引き止めてしまったからなあ……


 でも、仕方ないだろう?

 心配なものは心配なんだ。

 あっさりと受け流すことなんて、できそうにない。


 ……待つこと少し。


「おまた、せ……」


 エステルが戻ってきた。


「大丈夫か? なにもなかったか?」

「ん……大丈夫」


 そう答えるエステルは、ちょっと呆れているような気がした。


 まあ、なにもないなんてことは、少し離れていてもわかることだ。

 それなのにあれこれと聞けば、そりゃあ、微妙な気分になるだろう。


 俺は過保護なのだろうか?


 でも、子供って、簡単なことで大変なことになってしまいそうで……

 そうなることが怖くて……

 ついつい、必要以上に過保護になってしまうんだよな。


 慣れれば、ある程度は豪胆になれるのかもしれないが……

 育児超初心者の身としては、ビクビクと過ごして、おもいきり過保護になってしまう。


「セツナ……行こう?」

「ああ、そうだな」


 再びエステルと手を繋いで、歩みを再開した。


 小さな温もりを手の平に感じながら、ふと思う。

 エステルって、俺のことを名前で呼ぶんだよな。

 まあ、出会ったばかりなので、それも仕方ないというか当たり前なんだろうけど……

 ちょっと違和感が残る。


 だって、そうだろう?

 親子でもない大人と子供が一緒にいて……

 それぞれ名前で呼んでいて……


 傍から見ると、どんな関係に見えるんだろうか?

 普通に考えて、親子になるだろう。

 そうなると、名前で呼んでいるのはおかしいわけで……


 俺は、エステルに違う呼び方をしてもらいたいのかもしれない。

 名前っていうのは、ちょっと違う気がするんだよな。


 そうなると……

 例えば……

 やっぱり……


 『おとうさん』……とか?


「っーーー!!!」


 考えて、ものすごい恥ずかしくなってきた。

 たった一言、想像しただけなのに、顔が火照ってしまう。

 初心な乙女か、俺は!


 でも……


「悪くないなあ……」


 エステルにそう呼んでもらうことを想像したら、思っていた以上にしっくりと来た。

 そして、幸せな気分になることができた。


 胸が温かくなるというか……

 心が踊るというか……

 ついつい笑みがこぼれてしまいそうになるというか……


 その一言があればなんでもがんばれるというような、そんな気分になる。


 ……頼んだら、エステルは呼んでくれるかな?

 いやいや。

 でも、俺達はまだ出会って間もない関係だ。

 そんなことをお願いするのは変というか……


「セツナ?」

「うぇ!?」


 いきなり声をかけられて、驚いて、ついつい変な顔をしてしまう。


「どう、したの? ……変な顔、している……よ?」

「えっと、それはだな……なんていうか……あー」


 この際だ。

 おもいきって聞いてみようか?


「……ちょっと変なことを聞くぞ?」

「んぅ?」

「エステルは、俺のことを名前で呼ぶよな?」

「ん……だって、セツナはセツナ……だから」

「そのことなんだけど、なんていうか……ほら。他の呼び方はないのかなあ、と考えていたんだよ」

「他……?」

「他の人から見たら、俺達ってどういう関係に見られるのかというか……そういう時にふさわしい呼び方というか……」

「……お兄ちゃん?」


 こてん、と小首を傾げながら、エステルがそう言った。


 わかるよ、わかるんだよ?

 そういう答えにたどり着くことは、わかるんだよ?

 でも、ちょっと違うんだよなあ。


「違う……?」


 こちらの反応を見て、俺が求めている答えと違うと察したらしい。


「なら……」


 エステルは考えるような仕草をとる。

 少しして……


「……あ」


 なにか思いついた様子で、小さな声をこぼした。

 でも、それだけで……

 それ以上、なにかを口にしようとしない。


「エステル?」

「……ううん。なんでもない……よ?」

「そうなのか?」

「……ん」


 そういう割に、頬が赤くなっているような気がするのだけど……気のせいだろうか?

 もしかして……

 『おとうさん』の呼び方に気がついたけれど、でも、恥ずかしくて口にすることができないとか……そういう感じなのか?


 そうだとしたら、うれしいのだけど……

 でも、こういうことは強要するものではないか。

 いずれ、エステルが自然に呼んでくれるように……

 俺はしっかりと、エステルの保護者であり続けよう。

 この子が心から笑えるように、しっかりと守り続けよう。


 そう誓った。

『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、

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